「一緒に住めばいいじゃない」娘の提案を断った夫婦
「だったら、うちで一緒に暮らせばいいじゃない」
長女からそう言われたとき、由紀子さん(仮名・72歳)は夫の修さん(仮名・73歳)と顔を見合わせました。
夫婦は長年暮らした郊外の戸建てを売り、長女一家が住む街への転居を考えていました。夫婦の年金は合わせて月約35万円、預貯金は約4,500万円。戸建ての住宅ローンはすでに完済しています。
きっかけは、修さんが70代になってから運転する機会を減らしたことでした。
最寄り駅まではバスで20分ほど。スーパーや病院へ行くにも車が便利な地域で、車を手放した後の生活に不安がありました。
さらに、長女の香織さん(仮名・45歳)は電車で1時間以上離れた場所に住んでいます。
「何かあったとき、もう少し近くにいたほうがお互い安心だね」
そんな話から、夫婦は住み替えを検討し始めました。
香織さんには夫と高校生、中学生の子どもがいます。自宅は戸建てで、空いている部屋もあったため、「リフォームすれば一緒に住めるよ」と提案してくれました。
しかし、由紀子さんは同居には乗り気になれませんでした。
娘との仲が悪いわけではありません。むしろ月に何度も連絡を取り、孫とも良好な関係です。
だからこそ、一緒に暮らしたくないと考えました。
「娘の家に入ったら、夕飯を作ったほうがいいのかなとか、洗濯物があったらやったほうがいいのかなとか、私は絶対に気にすると思うんです」
修さんにも懸念がありました。朝早く起きて新聞を読み、昼間は趣味の囲碁へ出かけ、夜は早めに休むのが現在の生活です。娘一家とは生活時間が違います。
「たまに会うからいい関係なのに、毎日一緒になったら分からないよ」
そこで夫婦が選んだのは、香織さん宅から電車で1駅、徒歩や電車を合わせても20分ほどで行き来できる駅前の中古タワーマンションでした。
駅とはペデストリアンデッキでつながり、スーパーやドラッグストア、クリニックも徒歩圏内。夫婦は戸建ての売却代金に預貯金の一部を加えて2LDKを購入しました。
内閣府『令和7年版高齢社会白書』によると、2023年には65歳以上の人がいる世帯は2,695万1,000世帯で、全世帯の49.5%を占めています。その世帯構造は、かつて三世代世帯が中心でしたが、現在では「夫婦のみの世帯」と「単独世帯」がそれぞれ約3割を占めています。
引っ越しから数ヵ月後、由紀子さんは娘にこう話しました。
「近くに来たかったのは本当。でも、一緒に暮らしたかったわけじゃないのよ」
