(※写真はイメージです/PIXTA)

老後の住み替えや地方移住に、憧れを抱く人は少なくありません。自然に囲まれ、生活費を抑えながら穏やかに暮らす。そんな理想を描いても、実際には医療、交通、人間関係、住まいの維持費など、暮らして初めて見える現実があります。

「戻るにもお金がかかる」移住後に気づいた老後の盲点

焦りが強くなったのは、移住から2年ほどたった頃でした。美代子さんが足を痛め、通院の頻度が増えたのです。バスの本数は少なく、結局は誠一さんが車で送迎するしかありませんでした。

 

「あなたが運転できなくなったら、私は病院にも行けないわね」

 

美代子さんの言葉に、誠一さんははっとしました。移住前は、自然環境や家の広さばかりに目が向いていました。しかし高齢期の暮らしでは、病院、買い物、交通、介護サービスへのアクセスが大きな意味を持ちます。

 

都市部に戻ることも考えましたが、簡単ではありません。今の家を売却しても、購入時の価格で売れるとは限りません。引っ越し費用もかかり、都市部の家賃は年金生活には重く感じられました。

 

「理想郷だと思って来たけど、ここで年を取る準備までは考えていなかったな」

 

誠一さんは、初めて移住を後悔するような言葉を口にしました。美代子さんも責めることはしませんでした。ただ、これからの暮らしを現実的に見直す必要があることは、夫婦ともに感じていました。

 

そこで二人は、家計と生活動線を整理しました。車の買い替えは見送り、庭の手入れは一部を業者に頼む代わりに、自分たちで管理する範囲を減らしました。通院先についても、近隣で受けられる診療と、都市部の専門病院に行く必要があるものを分けて考えることにしました。

 

自治体の高齢者向け相談窓口にも足を運び、移動支援や介護保険サービスについて説明を受けました。すぐに介護が必要な状態ではありませんでしたが、制度を知っておくことで、不安は少し和らぎました。

 

移住は失敗だったわけではありません。海沿いの散歩も、庭の野菜づくりも、夫婦にとって大切な時間です。ただ、老後の暮らしは「好きな場所に住む」だけでは成り立ちません。体力が落ちたとき、車に乗れなくなったとき、医療や介護が必要になったときに、生活をどう支えるかまで考える必要があります。

 

誠一さん夫婦は、移住生活を続けながら、将来は都市部の賃貸やサービス付き高齢者向け住宅に移る選択肢も残すことにしました。

 

理想の暮らしを長く続けるためには、夢だけでなく、撤退や変更の余地も含めて準備しておくことが大切なのかもしれません。

 

 

 

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