父、急逝…何もできない母に変わって娘が奔走
「父は母を本当に大切にしていました。でも、娘の立場から言わせてもらえば、もうちょっと母を自立させておいてほしかった……。それが本音です」
そう静かに語るのは、都内在住の会社員・有希さん(仮名・38歳)。彼女の母・和歌子さん(仮名・67歳)は、三姉妹の末っ子として育ち、23歳で公務員の父と結婚。以来40年以上、専業主婦として家庭を守ってきました。
有希さんが独立してからも、夫婦2人で穏やかな老後を送っていたといいます。しかし、そんな平和な日常は突然、終わりを告げました。父が心筋梗塞で急逝したのです(享年69)。
葬儀から各種手続きまで、死後にやることは山積みです。しかし、和歌子さんはただ泣き崩れるばかりで、何一つ動くことができません。見かねた有希さんは、忌引き休暇だけでなく有給休暇も使い、奔走することになりました。
しかし、本当の試練は手続きが一通り落ち着いた後に訪れました。
「有希ちゃん、わたし、これからどうやって生きていけばいいのかしら」
和歌子さんは、通帳を握りしめたまま、涙を浮かべていました。
父の死で露呈した“かわいらしい母”の脆さ
生前、父と母の年金収入は合わせて月約23万円(手取り)でした。一方、父亡き後に和歌子さんが受け取れるのは、自身の年金(約6万円)+遺族年金(約7.7万円)で約14万円。年金収入は大きく減りますが、預貯金が約1,700万円ほどあり、有希さんは胸をなでおろしていたのです。
ですが、和歌子さんは首を振ります。
「私、この家で1人で暮らす自信がないわ。助けてちょうだいね……」
それは、暗に「娘家族との同居」を希望する言葉でした。しかし、有希さんには夫と2人の子どもがおり、自分たちの生活を守らなければなりません。
娘の目から見ても、母はかわいらしい人でした。父はそんな母を守り、家計の管理から役所の手続き、資産運用に至るまで、すべての面倒を見てきました。しかし、その優しさが母を「自立」から遠ざけたのも事実でした。
「お父さんも不本意だったと思います。もし余命が分かっていたら、母に色々と教えてくれたはず。でも現実は突然でした。何もできない母を遺して逝ってしまったしわ寄せは、いま、すべて私にきています」
有希さんは「父を尊敬している」と言いつつも、心に生じた小さな恨みを消し去ることができません。
