「ちゃんと食べているから」…母の言葉を信じていた娘
由美さん(仮名・53歳)は、79歳の母・政子さん(仮名)と離れて暮らしています。父は12年前に亡くなり、政子さんは古い団地で一人暮らしを続けていました。年金は月11万円ほど。家賃は比較的安く抑えられていましたが、食費、光熱費、医療費、通信費を払えば、手元に残るお金は多くありません。
由美さんは仕事と家庭に追われ、実家を訪ねるのは数ヵ月に一度でした。電話は週に一度かけていましたが、政子さんはいつも明るい声で「ちゃんと食べているから」「近所の人とも話しているから」と答えます。もともと我慢強い母でしたが、由美さんは「困ったら言ってくれるはず」と思い込んでいました。
総務省『家計調査(2025年)』によると、65歳以上の単身無職世帯では、可処分所得約11.8万円に対し、消費支出は約14.8万円となっており、平均で毎月約3.0万円の不足が生じています。
政子さんの年金月11万円はこの平均的な可処分所得より少なく、暮らしに余裕がないことは数字からも想像できました。それでも由美さんは、団地なら住居費が低いぶん何とかなるのではないかと考えていたのです。
異変に気づいたのは、冬の終わりに由美さんが久しぶりに団地を訪ねた日でした。玄関のドアを開けた瞬間、部屋の空気が外と変わらないほど冷えていることに驚きます。
居間には古いこたつがありましたが、電源は入っていませんでした。テーブルの上には、半分だけ残した総菜のパックと、何度も使い回したような小さな湯たんぽが置かれていました。
さらに由美さんが言葉を失ったのは、台所の隅に積まれた使い捨てカイロの空袋でした。段ボールいっぱいに入った空袋を見て、母が暖房代を惜しみ、カイロと厚着で寒さをしのいでいたことが分かったのです。
「暖房、つけてなかったの?」
由美さんが尋ねると、政子さんは気まずそうに笑いました。
「少し我慢すれば平気よ。電気代が怖いでしょう」
その言葉を聞いた瞬間、由美さんは胸が詰まりました。電話で何度も「寒くない?」と聞いていたのに、母はずっと「大丈夫」と答えていたからです。
