「東京には戻る気がありません」…無理のない距離感で得た安心
移住から2年が過ぎた頃、友人から「東京に戻りたいと思うことはないの」と聞かれたことがありました。俊夫さんは少し考えてから、こう答えました。
「東京には戻る気がありません」
その言葉には、都会を否定する気持ちはありませんでした。若い頃から長く働き、子育てをしてきた場所です。
また、地方移住には不便もあります。大きな病院で専門的な検査を受けるには隣の市まで行く必要があり、東京の友人と会う機会も減りました。地域の人間関係にも気を使います。自治会の清掃や行事に参加するなかで、最初は距離感に戸惑うこともありました。
それでも夫婦は、移住前に想定していた範囲の不便だと受け止めています。内閣府『令和7年版高齢社会白書』では、高齢期の社会参加や地域とのつながりが、生きがいや生活満足度に関係するとされています。俊夫さん夫婦も、無理に深く入り込むのではなく、挨拶や地域活動を通じて少しずつ関係を築いていきました。
佳代子さんは、地元の料理教室に通うようになりました。俊夫さんは図書館の読書会に参加しています。東京時代には職場や家族以外のつながりが少なかった二人にとって、ほどよい距離の人間関係は心地よいものでした。
夫婦が移住を成功と感じている理由は、地方に大きな理想を抱きすぎなかったことです。生活費が劇的に安くなるとは考えず、車に頼りきる場所も避けました。医療、交通、買い物を確認し、合わなければ戻る選択肢も残しておきました。
「移住したから幸せになったというより、私たちに必要な暮らしを選び直せたんだと思います」
老後の地方移住は、誰にでも合う選択ではありません。医療や交通、地域との相性を見誤れば、大きな負担になることもあります。しかし、条件を冷静に見極め、自分たちの体力や家計に合った場所を選べば、穏やかな暮らしを手にすることもできます。
毎朝の散歩、無理のない家計、顔を合わせれば挨拶できる人がいる日常。その静かな積み重ねこそが、二人にとっての豊かな老後だったのです。
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