「ここなら年金で暮らせる」…退職後に選んだ海辺の町
隆夫さん(仮名・66歳)と妻の由紀子さん(仮名・65歳)は、隆夫さんの定年を機に東京を離れ、海に近い地方の町へ移住しました。夫婦の年金収入は月27万円ほど。退職金は約2,300万円あり、都内で暮らし続けるより、地方で家を買ったほうが余裕を持てると考えたのです。
きっかけは、現役時代に訪れた旅行でした。海が見え、魚はおいしく、時間がゆっくり流れているように感じられました。移住相談会でも「都市部より生活費を抑えられる」「自然の中で健康的に暮らせる」と説明され、夫婦は前向きになりました。
購入したのは、築30年ほどの中古住宅です。都内のマンションよりはるかに安く、庭もありました。隆夫さんは「朝は散歩して、昼は畑でもやろう」と話し、由紀子さんも「東京よりのびのび暮らせそう」と期待していました。
移住して最初の数ヵ月は、理想に近い生活でした。近所の人が野菜を分けてくれることもあり、海沿いの散歩も気持ちがよいものでした。家計にも余裕があるように見え、夫婦は「思い切ってよかった」と話していました。
しかし、生活に慣れるにつれて不便さも見えてきます。スーパーまでは車で25分、総合病院までは片道1時間近くかかりました。バスは本数が少なく、雨の日や体調の悪い日は外出だけで疲れてしまいます。隆夫さんはまだ運転できましたが、「あと10年同じように運転できるだろうか」という不安が少しずつ大きくなっていきました。
総務省『家計調査(2025年)』によると、65歳以上の夫婦のみ無職世帯では、可処分所得約22.2万円に対し、消費支出は約26.4万円となっており、平均で毎月約4.2万円の不足が生じています。隆夫さん夫婦は年金月27万円で平均より余裕があるように見えましたが、車の維持費、ガソリン代、住宅修繕費、通院費が重なると、想定ほど楽ではありませんでした。
特に誤算だったのは家の修繕です。給湯器の交換、雨漏りの補修、台風後の屋根修理。中古住宅を安く買えた一方で、住み続けるための出費は想像以上でした。それでも夫婦は、「東京に戻るほどではない」と考えていました。
