「将来が不安だから」…使わずに貯め続けた現役時代
誠司さん(仮名・68歳)と妻の典子さん(仮名・66歳)は、堅実に暮らしてきた夫婦です。誠司さんはメーカー勤務、典子さんも子育てが落ち着いてからパートを続け、夫婦の現在の年金収入は月25万円ほど。退職金とこれまでの貯蓄を合わせると、金融資産は約4,000万円あります。
数字だけ見れば、老後資金に大きな不安はありません。住宅ローンも完済済みで、子どもたちも独立しています。それでも現役時代の夫婦は、常に「足りなくなったら困る」と考えていました。旅行は近場で済ませ、外食は記念日だけ。古くなった家具も買い替えず、誠司さんが「たまには海外へ行かないか」と言っても、典子さんは「老後に何があるか分からないから」と首を振っていました。
子どもの教育費、住宅ローン、親の介護費用を考えれば、慎重になるのは自然なことでした。実際、総務省『家計調査(2025年)』によると、65歳以上の夫婦のみ無職世帯では、可処分所得約22.2万円に対し、消費支出は約26.4万円となっており、平均で毎月約4.2万円の不足が生じています。年金生活では、一定の貯蓄がなければ不安を抱えやすいのも事実です。
ただ、夫婦の節約は次第に習慣になっていきました。欲しいものがあっても「まだ使える」と我慢し、友人から旅行に誘われても「今はやめておく」と断る。通帳の残高が増えることには安心を覚えましたが、その一方で、楽しみを先送りすることにも慣れてしまったのです。
誠司さんがそのことを意識したのは、退職後に昔の同僚と会ったときでした。同僚は現役時代から家族旅行を楽しみ、定年後も夫婦で各地を巡っていました。話を聞きながら、誠司さんはふと、自分たちには思い出と呼べる出来事が少ないことに気づきます。
「お金は残った。でも、その分、何を得られたんだろう」
