(※写真はイメージです/PIXTA)

老後資金は多ければ多いほど安心だと思われがちです。確かに、医療費や介護費、物価上昇への備えを考えると、十分な貯蓄は心強いものです。しかし、お金を守ることを優先しすぎた結果、元気なうちにしかできない経験を逃してしまう人も少なくありません。老後の安心と人生を楽しむこと、そのバランスを取るのは決して簡単ではありません。

残高はあっても、戻らない時間…夫婦が気づいたこと

転機となったのは、典子さんの膝の痛みでした。大きな病気ではありませんでしたが、長時間歩く旅行は難しくなり、以前なら行けたはずの場所にも不安を感じるようになりました。誠司さんも体力の衰えを感じており、二人で海外旅行へ行く話をしても、「今から長時間の飛行機はきついね」と笑うしかありませんでした。

 

ある日、典子さんは古い旅行パンフレットを整理しながら、ぽつりと言いました。

 

「こんなに貯める必要、あったのかな……」

 

貯蓄4,000万円は、確かに夫婦を安心させてくれます。将来、医療費や介護費がかかる可能性もあります。厚生労働省『簡易生命表』によると、日本人の平均寿命は男性が約81歳、女性が約87歳とされており、高齢期の生活が長期化していることが分かります。お金を残しておく意味は、決して小さくありません。

 

典子さんが後悔したのは、貯めたことそのものではなく、楽しみを先送りにしてきたことでした。子どもが小さかった頃の旅行、夫婦で過ごせたはずの時間、親が元気なうちに一緒に行けた温泉。そうした機会は、あとからお金で買い戻すことができません。

 

その後、夫婦は家計の考え方を少し変えました。貯蓄を生活防衛資金、医療・介護費、住まいの修繕費、楽しむためのお金に分け、使ってよい金額をあらかじめ決めたのです。大きな旅行は難しくても、近場の宿に泊まる、美味しいものを食べに行く、会いたい人に会う。そうした小さな予定を、先送りしないようにしました。

 

「節約してきたことを全部後悔しているわけではありません。ただ、安心のためのお金と、人生を味わうためのお金を分けて考えるべきでした」

 

老後資金は、少なすぎれば不安になります。しかし、多く残すことだけが正解とも限りません。大切なのは、将来に備えながら、いま使える時間や体力も資産として考えることです。貯蓄の残高だけでなく、どんな時間を過ごしたいのかを夫婦で話し合うことが、後悔の少ない老後につながるのかもしれません。

 

 

 

 

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