「自分の人生を生きたい」…73歳妻が選んだ別居
それから半年ほど考えた末に、和子さんは信一さんへ別居したいと伝えました。夕食後、緊張しながら切り出した言葉に、信一さんは驚きを隠せませんでした。
「今さら何を言っているんだ」
「離婚したいということか」
そう問いかける夫に対し、和子さんは静かに首を振りました。離婚したいわけではありません。財産を分けたいわけでも、夫を憎んでいるわけでもないのです。ただ、自分の人生を自分のために使ってみたい。その思いを正直に伝えました。
「私の人生、もう残り少ないから」
その一言に、信一さんは返す言葉を失いました。
和子さんは、自身の年金12万円で生活できる範囲の小さな賃貸住宅を借りました。豪華な部屋ではありません。しかし、駅や図書館が近く、友人とも会いやすい環境でした。家賃を抑えれば年金の範囲で暮らせる見込みがあり、足りない分はこれまでの貯蓄で補う計画でした。
新しい生活が始まると、和子さんは久しぶりに肩の力が抜ける感覚を覚えます。朝起きる時間も自由。昼食も好きなものを食べられる。図書館へ行く日もあれば、友人とお茶を楽しむ日もあります。趣味の教室にも通い始めました。誰かに許可を求める必要がなくなったことで、毎日が少しずつ明るく感じられるようになったのです。
一方の信一さんも、一人で暮らすなかで変化していきました。洗濯や掃除を自分で行い、簡単な料理も覚えます。そして初めて、自分がどれほど妻に頼っていたかを理解しました。
夫婦は現在も婚姻関係を続けています。週に一度は電話をし、月に数回は一緒に食事もしています。以前のように毎日顔を合わせていた頃より、むしろ穏やかに会話できるようになったといいます。
近年は「卒婚」という言葉も知られるようになりました。法律上は夫婦のまま、それぞれが自分らしい暮らしを送る考え方です。もちろん、すべての夫婦に当てはまるわけではありません。しかし、高齢期において夫婦関係を見直し、お互いが無理なく暮らせる距離感を探る選択肢として注目されています。
「夫が嫌いになったわけではないんです」
和子さんはそう話します。
「ただ、人生の最後まで我慢だけで終わりたくなかった」
老後は夫婦で同じ家に住み続けることが理想だと考えられがちです。しかし本当に大切なのは、形式ではなく、お互いが納得して人生を送れることなのかもしれません。
残された時間を自分らしく生きたい。その切実な思いが、73歳の彼女を新しい人生へ踏み出させたのです。
【関連記事】
■税務調査官「出身はどちらですか?」の真意…税務調査で“やり手の調査官”が聞いてくる「3つの質問」【税理士が解説】
■親が「総額3,000万円」を子・孫の口座にこっそり貯金…家族も知らないのに「税務署」には“バレる”ワケ【税理士が解説】
■「銀行員の助言どおり、祖母から年100万円ずつ生前贈与を受けました」→税務調査官「これは贈与になりません」…否認されないための4つのポイント【税理士が解説】
