(※写真はイメージです/PIXTA)

米国では離婚率がおよそ40〜50%とされ、「離婚」は人生の選択肢の1つとして社会に織り込まれている。そのなかで富裕層が活用してきたのが「婚前契約(プレナップ)」だ。離婚対策と思われがちなこの制度は、実際には資産承継・事業承継・相続設計を一体で行うための戦略的ツールとして機能している。※本連載は、THE GOLD ONLINE編集部ニュース取材班が担当する。

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米国では婚前契約が浸透

米国では、結婚前に離婚時の財産分与や相続ルールを定める「Prenup(プレナップ=婚前契約)」が広く浸透している。日本では「愛がない」「離婚前提で縁起が悪い」と受け止められがちな制度だが、米国の富裕層にとっては、単なる離婚対策ではない。

 

その背景にあるのは、巨額化する個人資産や事業承継問題、そして「結婚前から資産を持つ時代」の到来であるといえよう。

 

米国の税務・富裕層対策に詳しい奥村眞吾税理士は今年4月に刊行した著書『トランプ劇場と超富裕層課税 増税か、減税か――税制が映し出すアメリカの真実』のなかで、婚前契約について「婚前契約というと、離婚時の財産分与を定めるための冷たい取り決めという印象を持たれがちです。しかし、富裕層においては、必ずしも離婚を前提とした制度ではありません」と指摘している。

 

実際、米国では婚前契約は"資産を守る契約"であると同時に、"家族を守る契約"として機能しているという。

米国では「離婚」は人生設計の一部に

米国社会を理解するうえで重要なのは、「離婚」が日本ほど特別視されていない点だ。

 

多くの州で「ノーフォルト離婚」が定着している。相手の不貞や暴力などの責任(有責性)を法的に証明しなくても、夫婦の同意や「婚姻関係の破綻」を理由に成立する離婚制度だ。日本では不倫やDV、生活費不払いなどが裁判離婚の主要争点になりやすいが、米国では「性格の不一致」や「修復不能な不和」などを理由に離婚が裁判で認められるケースも多い。

 

つまり、離婚そのものが"人生の失敗"というより、「人生の選択肢の1つ」として制度設計されている。そのため、「もし離婚した場合に資産をどう分けるか」を結婚前に整理しておく文化が形成されてきたと言えるだろう。

"結婚後の財産"は共有扱いになりやすい

特に富裕層が婚前契約を重視するのには、「コミュニティ・プロパティ制(夫婦共有財産制)」の存在がある。

 

前出の奥村氏によると、カリフォルニア州をはじめ、アリゾナ、テキサス、ネバダ、ワシントンなどでは、結婚後に形成された財産は原則として夫婦共有財産とみなされ、離婚時には折半されるケースが多いという。

 

一方、残る多くの州では「衡平分配(Equitable Distribution)」という考え方が採用されている。これは必ずしも機械的に50:50で分けるものではなく、婚姻期間や収入、子どもの有無などを踏まえ、「公平」と判断される形で財産分与が行われる制度であるという。

 

また会社経営で得た利益や株式の値上がり益、不動産収益などが、結婚後に形成された財産と判断されれば、共有財産として扱われる可能性は十分にあるという。

 

IT・ハイテク企業の聖地ともいわれるシリコンバレーでは、創業時にはほとんど価値がなかった株式が、上場によって数百億円規模になる実例も多数報告されている。そのため起業家や投資家は、婚前契約によって「どこまでを個人資産とするのか」「離婚時にどの資産を分割対象にするのか」を事前に明確化するという。

 

特に富裕層ほど、「離婚=大規模な資産流出」につながりやすいため、婚前契約は"離婚保険"としての意味合いも持っている。

婚前契約は「離婚対策」ではなく"資産承継戦略"

もっとも、婚前契約は単なる「離婚対策」ではない。

 

奥村眞吾氏は前掲書『トランプ劇場と超富裕層課税』で、「結婚前から多額の資産を保有している場合、その資産をどこまで共有財産とするのかを明確にしておくことは、将来の紛争を防ぐ意味でも重要です」と述べている。

 

特に米国の富裕層では、自社株やファミリー不動産、投資資産、事業承継などが絡むため、結婚が単なる"個人同士の問題"では終わらない。家族関係の変化が、そのまま会社経営や資産運用に影響を及ぼす可能性があるからだ。

 

そのため婚前契約は、資産の帰属を明確化し、後継者争いを防ぎ、再婚家庭での相続トラブルを回避するための役割を果たしている。つまり、「争わずに資産を残すための仕組み」として活用されている。

 

また、婚前契約は法的拘束力を持つ契約であり、相続に関して遺言と競合する場面では婚前契約が優先されるケースもあるという。ただし、強要や情報開示不足、著しく不公平な内容などが認定された場合には、無効となる可能性もあるため、適切な手続きと専門家の関与が重要になる。

富裕層は「信託」と組み合わせて資産を守る

さらに米国の富裕層は、婚前契約に加えて各種トラスト(信託)を組み合わせる。

 

代表例が「Asset Protection Trust(資産保全信託)」。これは、離婚や訴訟、相続トラブルなどから資産を守るための仕組みであり、会社オーナーや投資家などが利用する。

 

また、「Qualified Personal Residence Trust(QPRT)」と呼ばれる住宅関連信託も、富裕層の相続・資産承継対策として知られている。これは主に相続税・贈与税対策を目的として利用される制度で、自宅資産を将来的に子どもへ移転しながら、一定期間は利用権を維持できる特徴を持つ。

 

複雑な家族構成が一般化した米国では、婚前契約と信託を組み合わせることで、相続・離婚・事業承継を一体で設計するケースが増えているようだ。

「プレナップはシートベルト」…若い世代で変わる価値観

かつて米国でも、婚前契約は「富裕層だけのもの」「離婚前提の冷たい契約」とみられていた。しかし近年、そのイメージは大きく変わりつつある。特にミレニアル世代やZ世代では、プレナップを「現実的な人生設計」として受け止める傾向が強まっているという。

 

学生ローン問題や住宅価格の高騰、共働きの一般化、女性の高所得化などが挙げられる。米国ではSNSを中心に、「プレナップはシートベルトのようなもの」という表現も広がったとされる。事故を望んでシートベルトを締める人はいない。しかし、万が一に備えて装着するという発想だ。

 

婚前契約はもはや、「愛を疑う契約」ではなく、「将来のリスクを冷静に整理するための契約」として受け止められ始めている。

女性側から婚前契約を求めるケースも増加

かつて婚前契約は、「資産家の男性が自分の財産を守るための制度」というイメージが強かった。しかし現在では、女性側から婚前契約を求めるケースも増えているという。

 

自ら会社を経営する女性や、多額の投資資産を保有する女性、親族信託の受益者となっている女性も珍しくなくなった点が挙げられよう。「自分の資産を守りたい」「親族資産を将来の離婚リスクから切り離したい」というニーズが男女双方に広がっているのようだ。婚前契約はもはや、「男性側の防衛策」ではなく、"経済的に自立した個人同士の契約"へと変化している。

日本でも"婚前契約"は広がるのか

日本では婚前契約はまだ一般的ではない。しかし、専門サービスや法律事務所による「プレナップ支援」が増え始めている。実際、日本の民法755条には「夫婦財産契約」の規定が存在し、婚姻前に財産ルールを定めること自体は合法である。

 

もっとも、日本では欧米ほど制度利用が一般化しておらず、「離婚前提で縁起が悪い」といった感覚も根強い。しかし実務家の間では、「結婚前に価値観やお金の話を整理することで、むしろ結婚後のトラブルを減らせる」という考え方も広がり始めている。

「愛」と「契約」は対立するものなのか

日本ではなお、「愛があれば契約はいらない」という価値観が根強い。しかし米国では、「愛情」と「法的整理」は別問題として扱われる傾向が強いようだ。米国社会では、「人間関係は変化する」という前提で制度設計がなされているからだ。だからこそ、結婚前に財産ルールを決めることは、"愛情不足"ではなく"責任ある準備"として受け止められている。

 

日本でも、晩婚化や再婚の増加によって、「結婚前から資産を持つ時代」に入りつつある。そのなかで、"愛と現実をどう両立するか"というテーマは、これからの日本社会でも避けて通れない問題になっていきそうだ。

 

THE GOLD ONLINE編集部ニュース取材班

 

 

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