Tさん自身の「攻め」の相続対策――贈与の限界点
Tさんは、すでに20冊以上の専門書を読み込み、ネットからも資料を収集して研究を重ねてきた、いわば「プロ並みの知識」を持つ60歳です。
その対策は、驚くべきスピードで進んでいました。現状の施策は、主に次の3点です。
1.徹底した生前贈与
年間110万円の非課税枠を活用し、子や孫など複数人へ分散。すでに累計3,000万円規模に達しています。
2.生命保険の活用
非課税枠(500万円×法定相続人数)を最大限に利用。
3.不動産への着手
現金を圧縮する目的で、区分マンションをローンで購入。しかし、ここで新たな課題が浮かび上がります。
直面する「嬉しい悲鳴」――資産増加スピード > 贈与スピード
Tさんの資産は、運用利回りが高く、毎年1,000万〜2,000万円のペースで増え続けていました。
いくら年間110万円ずつ贈与しても、それを上回るスピードで資産が増えてしまうのです。結果として、将来の相続税負担は、むしろ膨らみ続ける構造になっていました。
最終案としての「不動産戦略」と借入のレバレッジ
こうした状況のなかで、Tさんがたどり着いたのが「金融資産偏重から不動産へのシフト」でした。
金融資産(現金・有価証券)は、相続税評価額が時価の100%であるのに対し、不動産は路線価や固定資産税評価額を基準とするため、一般的に時価の7割〜8割程度まで圧縮されます。さらに賃貸物件であれば、借地権割合や借家権割合の影響で、評価額を一段と下げることも可能です。
この戦略のポイントは、次の3点に集約されます。
1.評価額の圧縮
1億円の現金を不動産に組み替えることで、評価額を3000万〜4000万円程度まで下げられる可能性があります。
2.債務控除の活用
ローンを組むことで、借入金を相続財産から差し引くことができます。
3.長期ローンの活用余地
70代、80代であっても、賃貸経営という「事業」であれば、子どもを連帯保証人とするなどの方法で、30年規模の融資を受けられるケースがあります。
10年後のビジョン――二世代住宅+収益物件
現在の築35年の自宅を、10年後、自身が70歳になるタイミングで「二世代住宅+賃貸併用」のRC造マンションへ建て替える。
これが、資産増加にブレーキをかけつつ、次世代への負担を抑えるための“グランドデザイン”です。
遺言書の「実効性」をどう担保するか
すでに自筆証書遺言を作成しているTさんですが、悩みは「資産内容が変動すること」です。
有価証券の銘柄や預金残高は日々変わるため、その都度書き直すのは現実的ではありません。
そこで有効なのが、公正証書遺言への切り替えと「割合指定」です。
・遺言執行者をあらかじめ定めておくことで、相続発生後の手続きを円滑に進められる
費用は20万円〜程度かかりますが、将来のトラブルを防ぐ「保険」と考えれば、十分に合理的な選択といえるでしょう。
お金は「使い方」で意味を持つ
「お金は人に使えば使うほど増えるんだ。お前もそうしろ」
これは、父親がTさんに伝えた言葉です。
Tさんは現在、年間50万円ほどを孫との会食(うなぎなど)に使い、さらに新NISAの口座を用意するなど、将来を見据えた「教育」という形で資産を活用しています。
相続対策の本質は、単なる節税ではありません。
自分が築いた資産を、次の世代にとって最も価値のある形で引き継ぐ――そのための設計です。
父親が対策を拒む姿勢も、見方を変えれば「最後まで自分の力でやり抜く」という、ひとつの生き方なのかもしれません。
まとめ
・親の対策は「受け入れる」という選択もある
・自分の対策は、不動産活用で評価圧縮を図る
・遺言は「変化に強い設計」に見直す
・ロジックだけでなく、家族との関係性も大切にする
相続は、長い時間をかけて進むプロセスです。
今、家族と食卓を囲むその時間こそが、どんな節税策にも勝る価値を持っているのかもしれません。
曽根 惠子
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士
相続実務士®
株式会社夢相続 代表取締役
「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。
