M&Aでの売却を検討も、買い手の反応は冷ややか
後継者がいない以上、勝田氏は第三者への売却、いわゆるM&Aを検討することにした。店自体は繁盛しており、立地も悪くない。「それなりの価格で売れるだろう」と安易に考えていたが、現実は違った。
数社の買い手候補と面談を行ったが、いずれも反応は冷ややかだった。ある買い手は次のように言葉を並べると、面倒くさそうにそっぽを向いた。
「過去に遡って税務調査で追徴されるリスクが高すぎる」
「本当に利益が出ているか証明できない」
「帳簿が正確でないのに、他の書類も信用できない」
勝田氏は驚いた。
「こんなに客が入っているのに。なぜ評価されないのか…!」
まるで落とし穴へ落ちたような気持ちになったという。
「見えない数字」は評価されない
M&Aにおいて評価されるのは「実際に儲かっているか」ではなく、「儲けを証明できるか」である。
たとえ実態として利益が出ていても、「売上が正しく計上されていない」「経費が実態と合っていない」「帳簿の信頼性が低い」という状況があるなら、買い手はリスクとして評価する。
結果として、価格が大きく下がるか、そもそも検討対象から外れることになる。
勝田氏が「節税のつもり」で長年にわたり行っていた行動は、自らの手で大切な会社の価値を毀損していた行為に過ぎなかった。
短期的には税金が減り、手元にお金が残るメリットはあるかもしれないが、長期的には会社の信用を低下させ、承継も売却も困難になるというデメリットが生じるだけだ。
経営において重要なのは「今どうするか」ではなく、「将来どうするか」という視点だ。節税を優先するのか、会社の価値を高めるのか。この選択は、将来の出口に大きな影響を与える。
過剰な節税意識が、大切な会社の価値を毀損することに…
実は飲食業の場合、「現金商売」「小口取引が多い」「ビジネス形態がBtoC」といったことから、上述のような問題が起きやすい。
しかし、だからこそ「どれだけ正確に管理されているか」が、M&Aでは検討のポイントになる。
勝田氏は「今からでも数字を整えられないか」と考えたが、過去の数字の修正や税務リスクの整理は容易ではない。
買い手から見れば、いつ問題が表面化するかわからないうえ、いくら追徴が課されるかも不明だ。つまり「いつ爆発するかわからない爆弾を抱えている」という評価になる。
「いつまで営業を続けられるのか…」
勝田氏はそんな思いを胸に抱えながら、今日も店頭に立っている。
まず問われるのは、売却価格以前に「売れる状態かどうか」
M&Aは「いくらで売れるか」の検討以前に、そもそも「売れる状態かどうか」がまず問われる。
その意味で、正しい数字を作り、説明できる状態にしておくことは、事業承継の最低条件と言えるだろう。短期的な節税が、長期的な選択肢を狭めてしまう。
そうならないためにも、日々の経営と数字の積み上げを、改めて見直す必要があるといえる。
※ 本文の記事は実例を基に記載していますが、守秘義務の観点からエリアや個人名などは適宜変更しています。
都 鍾洵
税理士
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