「これからは二人でゆっくり暮らす」はずだった
洋子さん(仮名・74歳)は、夫の明夫さん(仮名・76歳)と50年以上連れ添ってきました。子どもは独立し、夫婦二人暮らし。表向きは穏やかな老後生活をおくっていましたが、洋子さんの胸には、少しずつ重くなる違和感が積もっていたといいます。
「若いころは、夫は外で働いて、私は家を守る。それで何とかなっていました。でも…」
明夫さんは定年後も再雇用で数年働いていましたが、完全に家にいるようになってから、生活の空気が変わりました。朝から晩まで同じ空間にいる日が増え、洋子さんは次第に息が詰まるようになったそうです。
「夫は悪い人ではないんです。ただ、ずっと家にいて、私が何をしていても気になるみたいで。“まだ掃除していないのか”“今日は何を食べるんだ”って、ずっと声をかけてくるんです」
洋子さん自身も、最初から強く反発したわけではありませんでした。「退職したばかりで暇なんだろう」「そのうち慣れるだろう」と考えていたといいます。
しかし、その状態は思ったより長く続きました。さらに、夫婦のお金の使い方をめぐる考え方の違いも少しずつ表面化していきます。
「夫は“せっかく時間ができたんだから楽しもう”というタイプなんです。でも私は、医療費もこれから増えるし、慎重に考えたかった」
夫婦の年金収入は月26万円ほど。持ち家で住宅ローンは完済していましたが、将来の不安が消えていたわけではありません。厚生労働省『2024(令和6)年 国民生活基礎調査の概況』によると、「生活が苦しい」と感じる高齢者世帯は55.8%にのぼっています。
「旅行に行こう、外食しようと言われても、私はどうしても気持ちがついていかなかったんです。お金の問題もありましたし、それ以上に、ずっと一緒にいること自体がしんどくなっていました」
そんなある日、洋子さんは友人との電話を終えたあと、自分でも驚くほど涙が出てきたといいます。
「“私は何をこんなに我慢しているんだろう”と思ってしまって。そこではじめて、限界なんだと気づきました」
