少し減ったどころではない…通帳に記載された“信じがたい残高”
「この口座、そんなに動いてないよね?」
そう口にしながら通帳を開いた紀子さん(仮名・64歳)は、次の瞬間、言葉を失ったといいます。
夫の恒一さん(仮名・68歳)が会社を退職したのは3年前でした。退職金は約3,000万円。持ち家で住宅ローンは完済しており、夫の年金受給額は月18万円ほど。ぜいたくをしなければ暮らしていける――少なくとも紀子さんはそう考えていました。
ところが、医療保険料の引き落とし口座を確認しようとしたその日、通帳の残高は想像をはるかに下回っていました。数百万円ではありません。大半が、すでに消えていたのです。
「最初は記帳漏れかと思いました。見間違いじゃないかって、何度も見直しました」
帰宅した恒一さんに通帳を差し出すと、夫はしばらく黙り込んだまま、視線をそらしたといいます。
「ごめん……増やそうと思ったんだ」
それが、夫の告白でした。
恒一さんは退職後、スマートフォンで投資関連の動画や広告を見るようになり、SNSで知った“投資アドバイザー”を名乗る人物とやり取りを始めていました。最初は「少額で利益が出た」と話していたそうですが、実際には途中から入金ばかりが続き、損失を取り戻そうとしてさらに資金をつぎ込んでいったといいます。
「このままだと年金だけじゃ厳しいと思った。少しでも増やせればと思って……途中でやめたら、今まで入れた分が全部無駄になる気がした」
紀子さんは、その言葉をすぐには受け止められなかったと振り返ります。
「“増やそうと思った”って、3,000万円ですよ。私たちの老後そのものじゃないですか」
総務省統計局『家計調査報告〔家計収支編〕2025年(令和7年)平均結果の概要』によると、65歳以上の夫婦のみの無職世帯は、可処分所得が月22万1,544円であるのに対し、消費支出は月26万3,979円と、平均で月約4万円の赤字です。老後の家計は、もともと貯蓄の取り崩しを前提に成り立ちやすい構造にあります。
「足りないなら節約するしかないと思っていました。まさか、“増やそう”として全部なくすなんて……」
その夜、紀子さんは台所で立っていられなくなり、その場にしゃがみ込んだといいます。
