高齢父の一人暮らしに見え始めた“限界の兆し”
千葉県に住む由美さん(仮名・57歳)は、父・正夫さん(仮名・83歳)の施設入居を決めた日のことを、今でもはっきり覚えているといいます。
正夫さんは数年前に妻を亡くし、その後は一人暮らしを続けてきました。年金収入は月約15万円。持ち家で家賃負担はなかったものの、食事の支度や通院、服薬の管理には少しずつ不安が出始めていました。
「最初は、年を取ったから少し忘れっぽくなったのかな、くらいに思っていたんです」
由美さんの自宅は父の家から電車で1時間ほど。週末ごとに様子を見に行き、冷蔵庫の中身を確認し、足りないものを買い足す生活が続きました。
ところが、ある冬の日、違和感ははっきりした形で現れます。暖房がついていない冷えた部屋で、父が薄い上着のまま座っていたのです。台所には賞味期限切れの総菜、テーブルの上には飲み忘れた薬が残っていました。
「お父さん、ちゃんと食べてるの?」
そう聞くと、正夫さんは少し笑ってこう返しました。
「食べてるよ。ちょっと面倒なだけだ」
その“ちょっと”が、由美さんには重く感じられたといいます。
内閣府『令和7年版 高齢社会白書』によると、65歳以上の一人暮らしは増加傾向にあり、2025年時点では65歳以上人口に占める割合が男性18.3%、女性25.4%に達すると推計されています。高齢期の単身生活は、今や特別なものではなくなりつつあります。
しかし、その一方で「一人で暮らし続けられるかどうか」は別の問題です。
正夫さんも、玄関の段差でつまずくなど軽い転倒を何度か繰り返すようになっていました。通帳の記帳は滞り、公共料金の支払い書がそのまま積み重なっていることもあったといいます。
「まだ大丈夫、と思いたかったです。施設に入るなんて、父がかわいそうだと思っていました」
それでも、ケアマネジャーや地域包括支援センターに相談を重ねるなかで、由美さんの気持ちは少しずつ変わっていきました。
特別養護老人ホームは原則として要介護3以上が新規入所の対象で、要介護1・2は特例入所に限られます。限られた資源を、在宅生活が困難な中重度の高齢者に重点化する考え方が背景にあります。
正夫さんは要介護3。転倒リスクも高く、服薬管理や食事の不安も続いていました。由美さんは「自宅で頑張る」ことより、「安全に暮らせる場所を確保する」ことの方が現実的だと受け止めるようになったのです。
