「お金の話ばかりだね」長男が静かに告げたひと言
「父さんはお金の話ばかりだね」
ひとり息子の健一さん(仮名・46歳)にそう言われたときのことを、高橋信雄さん(仮名・78歳)は、あらためてこう振り返ります。「金が大切なのは確かなのに、何が不満なんだろう」――と。
妻に先立たれて8年。都内郊外の持ち家に一人で暮らす信雄さんの年金は月17万円ほど。退職金と貯蓄を合わせた資産はおよそ7,000万円あります。78歳という年齢を考えれば、使いきれないほどの老後資金があるともいえます。
それでも信雄さんは、年々お金に慎重になっていきました。食費はできるだけ切り詰め、スーパーでは必ず値引き品を選びます。冷房は「電気代がもったいない」と真夏でもあまり使わず、壊れかけている給湯器も「まだ動くから」と修理を先延ばしにしていました。
半年ぶりに家を訪れた健一さんは、そんな父の暮らしぶりに、口を出さずにいられませんでした。
「父さん、その洋服いい加減捨てたら? あと、給湯器もう危ないんじゃない? お湯出なくなったら困るだろ。前から言ってるけど、もうこの家も建てて40年以上たつから、部屋や水回りをリフォームしたらいいのに。俺、手続きなら手伝うよ」
しかし信雄さんは、「まだ使える。無駄に金を使いたくない」と首を振ります。
父と息子のすれ違い
どんな時もそうでした。
たとえば健一さんが「最近どう? 体は大丈夫?」と聞いても、「病院に行けばすぐ何万円だ」と返ってくる。「どこか出かけてるの?」と聞けば、「外食は高いから家で食べるのが一番だ」。
これから病気になってお金がかかるもしれない。施設に入ってお金がかかるもしれない。長生きすればお金が足りなくなるかもしれない――会話は、必ず「お金」の話になってしまいます。
「俺が金を残せば、お前や孫に渡るんだ。良いことだろう? 使わないことは、お前たちのためでもあるんだ」
しかし、その日、健一さんは思わずこう呟きました。
「父さん、お金がもったいないっていう話ばかりだよね。もういいよ、それは」
信雄さんは「何が悪い? 事実を話しているだけだ」と言い返しましたが、健一さんは静かにこう続けました。
「父さんの世界って、全部“使わないお金”なんだよね。でも、ただ持っていて何になるの? 俺は相続なんて期待してないよ。父さんが使うべきお金なのに」
あきらめに近い口調でした。しかし、信雄さんはそう言われても、自分が間違っているとは思えませんでした。健一さんが信雄さんの考えを理解できないように、信雄さんも健一さんに同調できないのです。
信雄さんは、健一さんや孫の往訪が減ったことを気にかけながらも、いまだに古びた家、壊れかけた設備、10年以上着ている服とともに暮らしているといいます。
