駅前の不動産屋と専任媒介契約を結んだ父親
Eさんの両親は、熱海の一軒家で悠々と隠居生活を送っていました。
母親が認知症になり、施設の世話になりました。一人暮らしになった父親も高齢です。
「この家は階段もあって大変だ。もう歳をとって庭の手入れも億劫だし、家も一人暮らしには広すぎる。温泉付きの介護マンションに移ろうと思うんだ」
父親は、駅前の不動産屋に相談しました。すると、
「お客様のご自宅は日当たりもいいし、良い条件で売れますよ!」
と積極的な対応。父親はその業者に仲介を頼み、専任媒介契約を結んだというわけです。
「なんだかお金がかかるばかりだなあ」
それからというもの、不動産屋さんは父親にさまざまな助言をしてくれるようになったといいます。
「家の雰囲気が少し古いので、若い方も気に入ってくれるよう、少しリフォームした方がいい条件で売れますよ。もちろん、庭の手入れと、室内のクリーニングもきれいにしましょう。大丈夫です。私が知り合いの安い業者をすぐ手配しますから、面倒はかけません」なるほど、それは納得できる話です。父親自身、古さが気になっていましたし、すきま風や雨漏りも少しありました。これは直して売るべきだろうと思っていました。
そして次に、
「リフォームの期間中、臨時に賃貸マンションにお住まいになるか、余裕がおありなら小さなマンションを購入して、そちらに一時的に移られたらどうですか。家を売るにしても、持ち主が住んでおられるより、空き家になっていた方が遠慮なく内見できますし、売りやすいのです」
と言ってきました。
「なんだかお金がかかるばかりだなあ」。父親は少し疑問に感じましたが、どれもこれも理に適った話ですし、預貯金には少し余裕があり、助言はすべて受け入れました。見栄を張ったわけではありませんが、「それほどのことは訳もない」といったところを見せたいという、ささやかなプライドがむくむくと込み上げたのです。
無事に自宅も売却でき、その資金で念願の温泉付き介護マンションに移ることができました。父親の希望はすべて叶ったのですから、特に問題はないと言ってもいいでしょう。父親自身、当初の想定以上に経費がかかったことに、「少しもったいなかったかな」という思いはありましたが、老後の生活に打撃を受けるまでの出費ではなく、特に不満は感じませんでした。
しかし、私から見たら、「高齢者を食い物にしているな」という思いが拭えません。一緒に検証してみましょう。
業者間の発注・受注は「キックバック」が当たり前!?
本来は、自宅売却の販売のための仲介手数料だけがその不動産屋に入る予定でした。ところが、不動産屋は一時住まいのマンションの賃貸仲介手数料をモノにし、温泉付き介護マンションの購入仲介手数料も手にすることができました。さらに、自宅の買い手を自分で見つけていれば、双方代理で「両手」の仲介料を手にしたというわけです。
少なくとも4倍以上の収入を得たわけです。ただ、これだけなら、父親がいずれどこかの業者に払うお金、あるいはどこかの業者が関わって儲けるお金です。さほど問題ではありません。実は、さらに不動産屋は別の方法でも利益を懐に入れているのです。
自宅を売り出すにあたって、庭の手入れ、クリーニング、リフォームを勧められました。
そして、「大丈夫です。私が知り合いの安い業者をすぐ手配します。面倒はかけません」と言われ、父親はすべて任せました。ここに小さな「落とし穴」が潜んでいたのです。
こうした業者間の発注・受注には、キックバックが当たり前の世界です。不動産屋は、造園業者、クリーニング業者、リフォーム業者に仕事を回す代わりに、代金の一部を受け取っているのです。もちろんそれは、父親が支払ったお金の一部です。父親が直接、業者を選んで発注すれば、払う必要のなかった余分なお金です。大がかりなリフォームやクリーニングなど普通の人は経験がありません。それでつい、仲介業者を信頼し、勧められるままに依頼してしまいがちなのです。ここにも仲介業者の思惑、儲けの構造があるわけです。
これは駅前の不動産仲介業者の例でした。大手の仲介業者ならそんな心配はないだろうと思われるかもしれませんが、それは違います。大手であろうと、都会の業者であろうと実態は同じです。大手の会社が会社ぐるみでそれをしているかと言われればわかりませんが、現場の営業マン同士で話し合い、お互いに仕事をやりとりする代わりにキックバックを支払う、それはもう当たり前の慣習なのです。
業者からのキックバックをトータルしたら、駅前の不動産屋は、Eさんの父親がぶらりと立ち寄って相談されたところから、一体いくらの商売を積み上げたことでしょう。
仲介業者は、電話一本、現地に足を運ぶ程度の労力でこれだけの収入を得ることができます。それが、この業界の旨味なのです。