退職金2,200万円で始めた“夫の夢”
「小さくていい。俺の店をやりたいんだ」
そう言い出したのは、都内でメーカー勤務を終えた和田隆司さん(仮名・66歳)でした。退職金は約2,200万円。年金の見込みは夫婦で月23万円ほど。妻の恵子さん(仮名・63歳)は、夫が“老後は穏やかに”と話していたのを覚えていました。
しかし夫が口にしたのは、地方でのカフェ兼雑貨店の開業。物件は海沿いの小さな町の空き店舗で、改装費込みで最初に出ていくお金は約1,600万円。残りは運転資金に回す、と夫は説明しました。
「あなた、ほんとに計算してる? 生活費は? 医療費は? もし赤字になったらどうするの」
「大丈夫だって。客は来る。SNSもあるし」
恵子さんは不安でしたが、夫の勢いに押されました。「夢を否定して一生恨まれるのも嫌だ」と思ってしまったのです。
開業当初、店は“それっぽく”見えました。週末は観光客が入り、写真映えするスイーツも好評。夫は得意げに言いました。
「ほらな。やってよかっただろ」
けれど、平日は客がほとんど来ません。食材は余り、廃棄が増える。光熱費は想定より高い。何より、夫が「仕入れだ」「内装をもっと良くする」と追加でお金を使い始めました。
恵子さんが通帳を見せてもらうと、運転資金の残りは当初の想定より早く目減りしていました。
「これ、半年もたないんじゃない?」
夫は不機嫌に返しました。
「いちいち金のこと言うな。やってみないと分からないだろ」
恵子さんがきついと感じていたのは、金銭面だけではありませんでした。夫は店に張り付き、恵子さんにも手伝いを求めます。仕込み、洗い物、接客、会計。休日が消え、会話は業務連絡ばかり。
「今日、牛乳足りないから買ってきて」「レジ締めやって」
「ねえ、私、ここに移住してまで“従業員”になるために来たんじゃない」
そう言っても、夫は聞き流します。
「夫婦なんだから協力するのは当たり前だろ」
恵子さんは“扱われ方”が苦しくなっていったといいます。
