〈78歳父死去〉不仲の75歳母と45歳長女「遺産分割」めぐり膠着状態となったが…「相続登記手続き」遅延の果てに起こる、恐ろしい事態【司法書士が解説】

〈78歳父死去〉不仲の75歳母と45歳長女「遺産分割」めぐり膠着状態となったが…「相続登記手続き」遅延の果てに起こる、恐ろしい事態【司法書士が解説】
(※写真はイメージです/PIXTA)

2024年4月1日から「相続登記の義務化」がスタートしましたが、相続の現場では、手続き以前に「相続の話し合い」がこじれた家族のケースにしばしば遭遇します。しかし、遺産分割協議が進まず、年単位で時間が流れてしまうと、過料だけではない、さらに大変な事態に陥るリスクがあるのです。司法書士の佐伯知哉氏が詳しく解説します。

しばしば起こる「法律の義務」と「親族の不仲」の板挟み

2024年4月1日、「相続登記の義務化」がスタートしました。これまで任意であった相続登記が、法律上の義務となり、正当な理由なく放置すれば「10万円以下の過料(かりょう)」という罰則が科されることになったのです。

 

しかし、現場の最前線に立つ司法書士のもとには「登記をしたい気持ちはやまやまだが、家族間の話し合いがまったく進まない」という切実な相談が相次いでいます。特に、長年の感情的な対立が原因で遺産分割協議がストップしている場合、相続人は「法律の義務」と「親族の不仲」という、解決の難しい板挟みに苦しむことになります。

 

本記事では、母と長女の不仲によって自宅の相続登記ができない事例をベースに、義務化の波をどう乗り越えるべきか、実務的な解決策を解説します。

【事例】自宅の名義を母にしたいが、長女が拒否

◆家族構成と状況

 

被相続人:父(78歳で、数ヵ月前に他界)

相続人:母(75歳)、長男(48歳)、長女(45歳)

 

遺産の内容

不動産:自宅の土地建物(資産価値 4,000万円)

金融資産:葬儀費用と母の当面の生活費程度、まとまった金融資産はない

 

対立の背景

母は、現在も自宅でひとり暮らしを続ける母が安心して暮らせるよう、「母名義」への相続登記を希望しており、長男も同意。しかし、数年前から母と絶縁状態にある長女が、感情的な反発から遺産分割協議への協力を拒んでいる。長女は「自分の法定相続分(1/4)を現金で支払わない限り、ハンコは押さない」と主張。

 

この状況で最も厄介なのは、「遺産分割協議が成立しない限り、母1人の名義に相続登記をすることは法律上不可能」という点です。不動産の登記は、相続人全員の合意(遺産分割協議書の作成と署名捺印)がなければ、特定の誰かの所有物として確定させることができません。

 

話し合いが1ミリも進まないまま、相続登記義務化の期限である「3年」が刻一刻と迫っています。

遺産分割がまとまらない場合の「4つの選択肢」

協議がまとまらないからといって、ただ手をこまねいているわけにはいきません。現状で取り得る選択肢には、それぞれ一長一短があります。メリットとデメリットを冷静に分析しましょう。

 

選択肢① 裁判所の手続き(遺産分割調停・審判)

「話し合いが無理なら裁判所へ」という最も強力な手段です。家庭裁判所の調停委員(通常は裁判官1名と民間から選ばれた2名)を介して話し合いを行い、まとまらなければ裁判官が決める「審判」へと移行します。

 

 メリット 

 

●最終的には法的強制力を持って解決できるため、長女が拒否し続けても「結論」が出る。

 

●第三者が介入することで、感情的な対立が沈静化する場合がある。

 

 デメリット 

 

弁護士費用 → 着手金や報酬金で数十万〜数百万円単位のコストがかかる。

 

●代償金の問題 → 本事例では自宅の価値が4,000万円です。長女が法定相続分(1/4)を強く主張し、他に分ける財産がない場合、裁判所は「母が自宅を相続する代わりに、長女へ1,000万円を支払え」という審判(代償分割)を下す可能性が高いです。母に1,000万円の蓄えがなければ、自宅を売却して現金を作る「換価分割」を命じられるリスクもあり、本末転倒になる恐れがあります。

 

選択肢② 法定相続分での相続登記(暫定的な登記)

遺産分割協議がまとまっていなくても、相続人の一人が、民法に定められた割合(本件では母1/2、長男1/4、長女1/4)に基づいて全員分の登記を申請することが可能です。これは「保存行為」として認められており、他の相続人の承諾は不要です。

 

 メリット 

 

●相続登記の義務を「果たした」ことになるため、過料のリスクを確実に回避できます。

 

●とりあえず登記名義を亡父から変更できるため、相続登記の放置による複雑化などのリスクを一定程度防げます。

 

 デメリット 

 

「共有」の始まり → 一度この登記をすると、不動産は表面上は共有物となります。売却はもちろん、建て替えや大規模なリフォーム、不動産を担保にした借り入れさえも共有者全員(長女を含む)の同意が必要になります。長女が「判をつかない」と言えば、一歩も動けなくなります。

 

余計なコスト → 登録免許税(固定資産税評価額の0.4%)がかかります。4,000万円の評価なら16万円。後に協議がまとまって母一人の名義にする際、さらに登記費用がかかるため、二重の出費となります。

 

選択肢③ 相続人申告登記(2024年4月からの新制度)

義務化に伴い新設された、「とりあえず義務だけ果たしておく」ための最も現実的な逃げ道です。

 

 メリット 

 

圧倒的な低コスト → 登録免許税がかかりません。

 

一人の判断で可能 → 他の相続人の関与は一切不要。「私が相続人の一人です」という戸籍謄本を添えて法務局に申し出るだけです。

 

義務の履行 → これをすることで、遺産分割協議が成立するまでの間、相続登記の義務を履行したとみなされます。

 

 デメリット 

 

権利の確定ではない → これは正式な所有権移転登記ではありません。登記簿に「相続人がこの人ですよ」という付記がされるだけなので、対抗要件(第三者に権利を主張する力)はありません。売却等する際には、結局「遺産分割協議」をして正式な登記をし直す必要があります。

 

選択肢④ 積極的放置(冷却期間を置く)

「今は誰が何を言っても無理だ」と判断し、一旦放置することです。ただし、これは戦略的に行う必要があります。

 

 メリット 

 

●現時点でのコストや、親族間の修復不可能な衝突を回避できる。

 

 デメリット 

 

●過料のリスクが常に頭をよぎるストレス

 

さらなる複雑化 → 放置している間に長女が亡くなった場合、長女の夫や子どもが相続人として登場し、交渉相手が激増します。会ったこともない親戚と4,000万円の土地について議論するのは、まさに悪夢です。

「放置」した場合の過料リスク…法務局はどう動くのか?

「3年以内に登記しないと罰金」という言葉だけが独り歩きしていますが、実務上、法務局がいきなり過料を科すことは考えにくいのが実情です。

 

法務局が義務違反を把握し、過料が科されるまでには、以下の厳格なステップがあります。

 

1. 義務違反の把握

登記官が「あ、この人相続したのに登記してないな」と気づく場面は、実は非常に限定的です。例えば、同じ被相続人の別の不動産で登記がされた場合などに限られます。

 

2. 「催告書」の送付(重要)

いきなり罰するのではなく、まずは「期限までに登記してくださいね」という通知(催告書)が届きます。これを受け取った後、速やかに対応すれば罰せられることはありません。

 

3. 正当な理由の確認

催告に対し、「遺産分割協議が難航している」「相続人が多数で時間がかかる」などの「正当な理由」を説明できれば、過料の通知は行われません。

 

つまり、「催告を無視して、かつ説明もせず、3年以上放置し続ける」という悪質なケースでない限り、いきなり10万円を支払わされることはない、というのが我々実務家の見立てです。

登記できない間も、母は「配偶者短期居住権」で守られる

母の名義に登記できないと、「いつか追い出されるのではないか」という不安に駆られる方も多いですが、そこは法律がしっかりガードしています。それが「配偶者短期居住権」という盾です。

 

民法改正により、「配偶者短期居住権」という権利が明文化されました。配偶者が相続開始時に無償で住んでいた建物であれば、以下のいずれか遅い日まで、引き続き無償で住み続けることができます。

 

●遺産分割により建物の帰属が確定した日

●相続開始から6ヵ月経過した日

 

つまり、遺産分割協議が10年長引こうとも、その間母は堂々と自宅に住み続ける法的権利があるのです。長女から「出て行け」と言われても、法的には一切応じる必要はありません。

司法書士が警鐘…「登記義務」以外の真のリスクとは?

実は、相続登記の義務化(過料)よりも恐ろしい、家族の資産を奪いかねないリスクが2つあります。

 

リスク① 「認知症」による手続きの完全フリーズ

 

もし、遺産分割協議がまとまらない間に母が認知症を発症し、判断能力を失ってしまったらどうなるでしょうか。遺産分割協議には、本人の確かな「意思能力」が必要です。母が認知症になれば、家庭裁判所に申し立てて「成年後見人」を選任しなければなりません。

 

ここからが悲劇です。後見人は、母の財産を「守る」のが仕事です。たとえ子どもたちが「母の名義にしたい」と思っても、後見人は法律上の権利(法定相続分1/2、2,000万円分)を厳格に確保することを優先します。もし長女が反対していれば、家を売って現金を分けるしかない、という結論に追い込まれることもあります。「母のために」という思いが、制度によって打ち砕かれる瞬間です。

 

リスク② 「相続税」の特例喪失による大増税

 

税務上のリスクも甚大です。「小規模宅地等の特例」は、自宅の評価を最大80%減額できる強力な節税策です。4,000万円の土地であれば、評価額が800万円まで下がり、多くの場合相続税はゼロになります。

 

しかし、この特例を受けるには、原則として「申告期限から3年10ヶ月以内」に分割が成立している必要があります。長女との不仲で話し合いが5年、10年と伸びてしまうと、数百万〜数千万円の相続税を「現金で」納めなければならなくなります。

まとめ…遺産分割がまとまらないときの賢い立ち回り方

「母と長女が不仲」という感情的な問題は、一朝一夕には解決しません。しかし、法律と制度を正しく使えば、最悪の事態は防げます。

 

STEP1 まずは「相続人申告登記」で義務をクリアする

コストをかけず、過料のリスクだけをまずは摘み取りましょう。これで「3年以内」という時間的プレッシャーから解放されます。

 

STEP2 母の認知症対策を「今すぐ」行う

話し合いが長引くことが予想されるなら、母の意思がはっきりしているうちに「家族信託」の組成を検討してください。自宅の管理処分権をあらかじめ長男に移しておけば、母が認知症になっても、長男の判断で自宅を守り、あるいは売却することが可能になります。

 

STEP3 感情的な手紙より、事務的な通知を

不仲な親族に「話し合おう」と泣きついても逆効果です。「法改正により登記義務が発生しました。このままでは過料のリスクがあるため、相続人申告登記を行いますがよろしいですか?」という、事務的な提案から入るのもテクニックのひとつです。

 

相続登記の義務化は、家族の絆を試すハードルかもしれません。しかし、放置して問題を次世代に丸投げすることこそ、最大の「不義理」です。専門家を賢く使い、法的なガードを固めながら、一歩ずつ解決への道を探りましょう。

 

 

佐伯 知哉

司法書士法人さえき事務所 所長

 

 

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