「二世帯住宅」ですべての悩みが解決するという誤解
「そばに家族がいれば、老後も平穏な暮らしが待ってる。自分たちの勝手な思い込みでしかありませんでした」
樫山敏男さん(仮名・72歳)は、絞り出すような声で後悔を口にしました。 長年インフラ企業に勤め上げた敏男さんは、退職金と貯蓄を合わせて3,500万円という十分な老後資金を蓄え、妻の澄子さん(仮名・70歳)とともに穏やかな余生を過ごしていました。
すべての歯車が狂い始めたのは、3年前に実家の建て替えを決めたときでした。きっかけは、都内の狭い賃貸マンションで子育てに奔走する娘の真理さん(仮名・38歳)が漏らした、ため息まじりの一言です。
「今の私たちの年収じゃ、一生まともな広さの家なんて買えないわ」
その言葉を聞いた敏男さんは、「それなら、うちを建て替えて一緒に住まないか」と、親心から提案。「本当!? お父さん、いいの?」と真理さんは顔を輝かせました。
娘一家の住居問題は解決し、自分たちも将来の世話を頼める。敏男さんの目には、それが互いの悩みを解消できる現実的な選択肢に見えました。
解体費などを含む総工費6,500万円のうち、敏男さんは退職金を中心とした2,500万円をキャッシュで投入。残りの4,000万円は娘夫婦がローンを組んで支払う計画でした。手元の現金は1,000万円まで減りましたが、「身内がいつでもそばにいる」という心強さは、預金残高が減る不安を上回っていました。
しかし、この決断こそ家族の絆を壊す引き金となりました。
「愛しい孫」がストレスに変わった瞬間
完成したのは、玄関のみを共有する二世帯住宅。1階は敏男さん夫婦の居住区、2階は娘一家のエリア。お互いのプライバシーを尊重したつもりの間取りでした。
しかし入居後、敏男さんたちを苦しめたのは、生活リズムの根本的なズレでした。早寝早起きの敏男さん夫婦に対し、夜更かしがちな共働きの娘夫婦。深夜1時過ぎまで活動する彼らの足音や排水の振動が、1階の寝室で休む敏男さん夫婦の耳に容赦なく響きます。
さらにつらかったのは、あんなに愛おしかった孫の気配が、次第にストレスの元凶になっていったことです。階段を駆け下りる激しい音、玄関に散乱する泥だらけの靴……。かつては遊びに来るのが待ち遠しかった孫の足音が、今では自分たちの平穏をかき乱す「不快なノイズ」にしか感じられなくなってしまいました。
そして真理さんもまた、距離の近さに甘え、澄子さんに孫の世話や夕食の準備を当然のように委ねるようになります。ある日、疲弊した澄子さんを見かねて敏男さんが苦言を呈すると、真理さんから衝撃のひと言が放たれました。
「家を建てようと言い出したのはお父さんでしょ。そのせいでこっちは借金を背負わされてるのよ」
親が差し出した「善意の2,500万円」は、娘にとっては「4,000万円の負債を負わせた身勝手な提案」にいつしか変わっていたのです。
