子のいない夫婦…夫亡き後に1本の電話が
Aさん(仮名・55歳)は、夫(享年60歳)と都内の戸建て住宅で静かな暮らしを送っていました。親戚付き合いは最小限。夫婦ふたりで完結した、穏やかな生活でした。
しかし、夫が60歳を迎えて間もなく、がんが見つかります。発見が遅れたこともあり、闘病生活はわずか1年足らず。Aさんを残し、夫はこの世を去りました。
生前、夫は遺言書を残していました。自宅と現金はすべて妻であるAさんに相続させる——公正証書遺言です。
あまりにも突然の別れに、Aさんは深い喪失感の中にいました。そんな折、1本の電話がかかってきます。画面に表示された名前は、義理の母でした。
もともと関係は良好とはいえません。Aさんは、嫌な予感がしたといいます。
「私にも相続権があるでしょう」
電話口の義母は、感情を抑えきれない様子でした。
「あなたが全部相続するなんて、おかしい」
「遺言書だって、あなたが書かせたんでしょう」
「私から息子を奪っておいて……」
何時間にもわたる糾弾。Aさんは言葉を失いました。夫が残したのは、公証役場で作成された正当な遺言書です。財産を独り占めするつもりなど、当然ありません。それでも、義母の怒りは収まりませんでした。
ふと、Aさんの頭をよぎったのは、生前の夫の言葉です。
「母さん、最近ちょっと認知症っぽいんだよな……」
被害妄想とも取れる激しい言葉の数々。もしかすると、認知症の初期症状なのでは——そんな疑念が浮かびます。
しかし、確かめる術はありません。Aさんは「はい」「そうですか」と受け流すしかなく、電話はその後もほぼ毎日のように続きました。
「できるだけ、義母の言うとおりにしよう」
心身ともに疲れ切ったAさんは、ある決断をします。
「自宅さえあればいい。私はまだ働けるし、貯金もある」
「できるだけ、お義母さんの言うとおりにしよう」
そう考え、話し合いの場を設けようとしました。
ところが——。夫の死から、わずか2ヵ月足らずで、義母が急逝したのです。結果的に、遺言書どおり、Aさんがすべてを相続する形で事態は収束しました。
