最新鋭のCADが1台1,000万円もした時代、図面1枚の保存に一晩を費やすことも珍しくありませんでした。そんな不便さの中にあった「手描き」の習慣が、実は現代の複雑な建築工事を支える思考の原点だったのかもしれません。本記事では、木村浩之氏の著書『現代建築の美と機能性を実現する 生産設計と施工図の世界』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋・再編集して、新宿パークタワーという歴史的難工事の舞台裏を紐解きます。効率化が進む今だからこそ見直したい、ツールに頼りすぎない「伝えるための思考」と、超高層複合ビルならではの緻密な納まりの工夫について解説します。

手描き時代だからこそ考えることができた

新宿パークタワーの仕事をするようになって会社は当時出始めたばかりのCADを導入しました。超高層ビルは同じつくりのフロアが何十階と繰り返されます。そのため1カ所を修正すると数十階分、すべて同じ修正が必要になることがあり修正作業が大変です。そこで思い切って導入したものだったのですが、当時で1台1000万円くらいの価格ですから小さな設計事務所としては大変な決断だったと思います。

 

ハードとソフトがセットになったもので、データの記憶装置もCGMTと呼ばれたカートリッジ式の磁気テープでした。図面1枚のデータ化に何時間もかかり、細かい図面ならもっとかかりました。その間、電源を落とすことができないので、一晩かけてデータ保存するということもしばしばありました。

 

しかしそれは、仕事を覚え始めるところだった私には良いことだったと思います。

 

手描きの場合、超高層ビルの現場でもし納まりに不備があるような図面を描いてしまったら、同じ誤りが何十というフロアに発生することになります。1カ所だけなら、あとで発覚しても「すみません」と改めて納まりを考えて解決すればよいのですが、超高層の現場ではうっかりしたら、それが掛ける何十倍の作業になって自分に返ってきます。ひたすら同じ修正を繰り返さなくてはなりません。大変な時間がかかり、場合によっては現場を止めてしまいます。ここは大丈夫かと気になるところは、すぐに手を動かすのではなく、とことん考えて解決して納めるという習慣が身に付きました。

大切なのは伝えたいものが何かということ

新宿パークタワーの仕事から10年と経たないうちにパソコンもソフトも急速に進化し、誰でもCADで図面が描けるようになりました。CADは描いたり消したりが簡単ですから考えなくてもどんどん描けます。またクリック一つで寸法や関連データが出てきます。専門業者の詳細図もデータでもらえばそれも貼り付けることができます。非常に便利なツールで、それが誰でも使える時代になっていますが、逆から見れば、あまり考えなくても、さまざまな情報が入ったそれらしい図面が描けてしまうということです。作業効率が上がることは歓迎すべきことですが、気を付けないとそれが躓きの石になります。

 

こういう情報満載の図面は、現場の施工者が必要としている以上の要素が入っているので、見にくく間違えやすいからです。手を動かす前に、わざわざ詳細図を描いて現場に何を伝えたいのか、どこに注意して工事をしてほしいのかということを考えることが大切です。

 

新宿パークタワーでは関連する設計図書を全部読み込んでいる現場担当者から「ここがポイントだからね。現場にはここの手順をしっかり伝えないと間違えるよ」というアドバイスや指示がありました。そのため図面として表現する内容が明確でした。ただし基本的に手描きですから、安易に手は動かせません。細部に自信がもてなければ線を引く前に知っていそうな人に聞きに行き、まず自分の頭の中で整理し納得したうえで図面を描きました。それはその後の仕事にとって非常に有益な経験でした。

 

もちろん今は手描きをする人はいません。CADが当たり前で、細部の正確さやデータの保管・共有はCADでなければできないことです。大いに活用していかなければなりません。しかし、施工図がツールである以上、まず大切なのは、自分が伝えたいことは何か、ということです。CADを使いこなすことが目的ではありません。CADは操作を覚えれば誰でもきれいな図面が描けます。つい手を動かしたくなる。しかし、まずは現場に何を伝えるのかをしっかりと考えることです。

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現代建築の美と機能性を実現する 生産設計と施工図の世界

現代建築の美と機能性を実現する 生産設計と施工図の世界

木村 浩之

幻冬舎メディアコンサルティング

どんなに優れた「設計図」も、実現するためには「施工図」が欠かせない! 数多くの有名建築の生産設計を手掛けてきた第一人者が施工図の役割と魅力を実例とともに語り尽くす! 建物の図面と聞いてまず思い浮かべるのは「…

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