「家にいるだけで、息が詰まるようでした」
「夫が退職して、最初に思ったのは“空気が変わった”ということでした。家が狭くなったように感じたんです」
そう語るのは、東京都内で暮らす和代さん(仮名・61歳)。30年以上、国家公務員として働いてきた夫・貴文さん(仮名)が定年を迎えたのは1年前のことでした。
「これからはふたりでゆっくり…と思っていたのは、最初の数日だけでした。夫が毎日家にいる。けれど、何も変わらない。“私は自由になれる”と勘違いしていたのかもしれません」
和代さんは長年、夫の仕事に理解を示しながら、家庭を支えてきました。家事・育児・親の介護まで、ほぼすべてを担ってきたといいます。
「夫は真面目で、仕事一筋。悪い人ではない。でも、心が通っていると感じたことはあまりなかったんです。“会社での評価”とか“年金の受給額”とか、そういう話ばかり。私が今日なにをしたか、体調がどうかなんて、聞かれたこともない」
ある日、買い物から帰ると、食卓の上に老後資金の試算表が置かれていたそうです。
「私に見せたかったんでしょうね。退職金の額とか、年金の計算とか。“これで安心だろう”って顔でした。私、そのとき思ったんです。“この人、私と一緒に生きているつもりなのかな”って」
その頃から、和代さんは寝つきが悪くなり、日中も家にいたくないと感じるようになりました。
ふとした言葉にイライラし、食事中も黙ったままの日が続いたそうです。
「夫は私の変化に気づかないふりをしていたのか、本当に気づいていなかったのか…。でも、私の中では“もう一緒にいたくない”って、気持ちが固まっていました」
ある日、はっきりとこう告げました。
「あなた、経済的にはすごいと思う。でも、お金だけあっても意味ないのよ。私、もう、無理です」
