娘が訪ねた「理想の家」
「思ってたのと少し違うね…」
そうつぶやいたのは、東京都内で働く会社員の佐野美咲さん(仮名・38歳)。昨年、“地方移住”を決断した両親の新居を、初めて訪れたときのことでした。
父・正一さん(70歳)と母・澄子さん(68歳)。東京都下のマンションで長年暮らしていましたが、退職を機に退去し、信州の山あいにある中古の平屋住宅を購入。退職金1,500万円のうち約800万円で土地付き住宅を買い、残りはリフォームと老後資金に充てたといいます。夫婦の年金は合わせて月20万円ほど。日々の生活は、慎ましくも穏やかに見えていました。
「家のまわりは本当に静かで、空気もきれい。母が作った野菜スープも美味しくて、最初は“いいところだな”って思ったんです」
しかし数日間を共に過ごす中で、美咲さんの胸には徐々に“違和感”が積もっていきました。
「父が昼間ずっと黙って縁側に座っているんです。趣味だったゴルフも近くに仲間がいなくてやめちゃったみたいで。母もなんとなくピリピリしていて…。2人とも疲れているように見えたんですよね」
実際、両親からも本音がこぼれ始めます。
「ここに来て、もうすぐ半年だけど…正直まだ慣れなくてさ」
「スーパーが片道30分で、灯油買いに行くのも大変なのよ。あなたが来るって聞いて張り切っちゃったけど、普段はほとんど会話もないの」
夫婦は「第二の人生」を見据えて移住を決めましたが、予想外だったのは「人とのつながりの少なさ」と「想定以上の生活コスト」でした。
「水道代は安いけど、冬は灯油代がすごいのよ。前のマンションより電気代も高くてびっくりしたわ」
特に、寒冷地特有の出費や医療機関へのアクセスの悪さは、年を重ねるほど負担になっていくと語ります。
国土交通省『高齢者の住宅と生活環境に関する調査(2023年)』によると、65歳以上の高齢者が現在の居住地域で「不便」と感じている項目としては、「日常の買い物」(23.9%)や「通院」(23.8%)に次いで、「交通機関の使いづらさ」(21.5%)が挙げられています。
