日本に自賠責保険が誕生し、自動車保険の体制が整って約60年、損害保険会社と国、そして裁判所というトライアングルが交通事故被害者の救済の形を作り上げ、被害者救済に貢献してきましたが、現在、その完成された構図の中で各組織が「経年劣化」を起こし、思考停止をしている感さえあります。本連載では、日本の交通事故賠償の問題点を浮き彫りにし、そこからどう抜け出すのか、具体的に提案します。

泣き寝入りしている交通事故被害者は、想像以上に多い

自分が交通事故の被害者になる――そんなことを想像しながら日々生活している人はまずいないだろう。しかし、交通事故は誰もが日常の中で抱えているリスクであり、何の前触れもなく、ある日突然襲ってくる。

 

ご存じの通り、交通事故被害を受けた場合、強制加入である自賠責保険と、約7割強の人が加入している任意保険から賠償金が支払われる。国や大手損害保険会社が運営している保険であるため、しっかりとした賠償が得られるはずだと考えるかもしれない。

 

しかし、その期待の多くは裏切られる。納得できる賠償を受けられないまま泣き寝入りしている被害者は、想像以上に多い。

 

前著『ブラック・トライアングル』では、我が国の交通事故賠償制度の仕組みと運用の問題点を、さまざまな視点から指摘した。そこでは自賠責保険を担う国や、保険制度を実際に運営している民間の保険会社、そして訴訟を扱う裁判所の3つが壁となって被害者の前に立ちはだかっていることを述べた。

 

分かりやすくその全貌をつかんでいただくために、仮にあなたが交通事故に遭い、被害をこうむったときのことをシミュレーションしてみよう。

 

交通事故賠償は、まず事故の発生から始まる。ここでは、あなたが車を運転していて赤信号で停止していると、後方から別の車両に追突されてしまったとしよう。そして、交通事故の負傷としては最も多い、頚椎捻挫、いわゆるムチ打ち症になったケースを例に挙げることにする。

 

まず事故後に、首に今まで感じたことのないような痛みが発生したため、あなたは病院に行くこととなる。そのうちに、保険会社から連絡があり、加害者との交渉は保険会社が窓口になると告げられ、問題がこじれる可能性があるので加害者と直接に連絡を取り合わないようにと言うのである。

 

釈然としない気持ちは残るが、それが一般的なやり方だと言われれば、あなたは致し方なくそれに従う。

 

一方で痛みはなかなか引かず、仕事も満足にできない状態が続く。交通事故に遭った場合、治療を終了するまでの間、治療費はもとより、通院のための交通費、仕事を休んだ場合の収入減分(休業損害)、そして慰謝料などが支払われることになっている。

 

そのため安心して通院していると、1カ月を過ぎた頃から損害保険会社からの電話が頻繁にかかってくるようになり、そして休業損害を打ち切るとの連絡が突然くる。

 

まったく想像していなかった事態にあなたは驚き、保険会社の担当者に連絡をするが、「あなたはもう働けるとの意見書を医師が書いている」という一点張りで取り付く島もない。実は保険会社の担当者は医師に直接連絡をしていたのだ。さらに「もういい加減治療は必要ないのでは?」などと、治療の打ち切りを促してくるのである。

 

保険会社からの予想外の言葉に怒りを覚えるだろう。痛みは依然として残っている。痛み止めだけでも貰いたいと病院に通っていると、今度は「これ以上治療しても回復する見通しがないので、後遺障害として賠償してもらうほうがいい」などと告げられ、「来月から治療費を打ち切るので、来月以降の治療は自費になる」などと告げられる。

 

一方的なやり方にますます怒りを覚えながら、それでも痛みに耐えて通院すると、最後には、頼みの医師からも、「症状固定」にしましょうと告げられる。医師も、保険会社とはあまりもめたくないのである。

 

「症状固定」とは、これ以上治療をしても症状が改善しないということであり、その判断をした時点で治療費も通院交通費も休業損害も慰謝料も打ち切りになる。

 

症状固定後に残存した症状は「後遺障害」として扱われ、その症状の重さによって等級付けがなされ、その等級に応じて慰謝料や、労働能力の喪失率に応じた賠償などがなされる仕組みになっている。憤懣やるかたない思いがあっても、もはや後遺障害の認定を待ち、その賠償に頼るしかない。

後遺障害と認められず、損害賠償を受けられないことも

ちなみに自賠責保険における後遺障害は、症状に応じて1級から14級までの等級に分かれ、それぞれに保険金額が定められている。医師に後遺障害の診断書を作成してもらい、結果を待つあなたのもとに後遺障害の認定結果が届く。しかしその結果は、後遺障害非該当(該当せず)というものであった。

 

首の痛みが残存し、それによって生活や仕事に支障を来しているにもかかわらず、それが後遺障害と認められず、損害賠償の対象とされないのである。

 

さて、後遺障害の認定結果が出たら、保険会社から示談案が送られてくる。支払い済みの治療費、通院費、休業損害の金額のほか、慰謝料はわずかに数十万円程度。今後の治療や痛みと向き合わなければいけない日々を考えると、到底納得ができる金額とはいえないだろう。

 

ここで簡単に我が国の交通事故賠償制度の仕組みを振り返ってみよう。交通事故で傷害を負った場合、まず傷害の治療のために入院したり通院したりすることになる。

 

この段階では治療のための「治療費」と通院の交通費などの「雑費」、それに会社を休んだりして仕事ができなくなった場合の収入減部分を賠償する「休業損害」が支払われる。さらに精神的な損害として「慰謝料」が支払われる。

 

一通りの治療が終わり、もはやこれ以上改善しないという段階(症状固定)で、何かしら障害が残った場合、それ以降は後遺障害の賠償となる。こちらには仕事が以前のようにできなくなった場合の損害賠償としての「逸失利益」と、精神的な損害を賠償する「慰謝料」がある。以上とは別に、車両の損害などの物損の賠償制度がある。

本連載は、2015年12月21日刊行の書籍『虚像のトライアングル』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

虚像のトライアングル

虚像のトライアングル

平岡 将人

幻冬舎メディアコンサルティング

自賠責保険が誕生し、我が国の自動車保険の体制が生まれて約60年、損害保険会社と国、そして裁判所というトライアングルが交通事故被害者の救済の形を作り上げ、被害者救済に貢献してきたが、現在、その完成された構図の中で各…

人気記事ランキング

  • デイリー
  • 週間
  • 月間

メルマガ会員登録者の
ご案内

メルマガ会員限定記事をお読みいただける他、新着記事の一覧をメールで配信。カメハメハ倶楽部主催の各種セミナー案内等、知的武装をし、行動するための情報を厳選してお届けします。

メルマガ登録
会員向けセミナーの一覧