「学ばせてあげたい」――母がひとり娘にかけた想い
「私、専業主婦になりたい。それが今の夢」
娘からそう打ち明けられたとき、母・Mさん(仮名・53歳)は、返す言葉を見つけられませんでした。
Mさん一家の世帯年収は、およそ800万円。Mさん自身は高卒で、若くして結婚・出産。現在はパートで働いています。家族を持って幸せを感じる一方で、「大学に行って学んでみたかった」という思いを胸に抱えて生きてきました。
「この子にはちゃんとした教育を受けさせてあげたい」――娘ひとりとはいえ塾代や学費の負担は大きく、家計は常に余裕があるとは言えませんでした。それでも「教育費だけは削らない」と決めていました。
都内の有名私立大学への進学が決まったとき、家族で話し合い、仕送りは月8万円に設定しました。娘自身も奨学金を借り、アルバイトをしながら学生生活を送ることに。Mさんは仕送りを捻出するため、夫と共に節約に励んだといいます。
都会での生活は、楽しかったようです。友人に囲まれ、自由な時間があり、地方で育ったMさんには想像もつかない世界が広がっていたのでしょう。卒業後は誰もが知る大手企業に就職。いわゆる“安定した会社”。結婚や出産をしても働き続けられる、Mさんにとっては理想的な環境に見えました。
ところが、時間がたつにつれて娘の様子は変わり始めます。
「仕事、向いていない」
「毎日会社と家の往復だけで、生きている意味がわからなくなりそう」
3年も経つと、こんな言葉を口にするように。
「周りの友達も、辞めるために結婚したいって言ってる」
「バリバリ働くのが正解って時代じゃないし、地元に戻って婚活しようかな」
退職についてMさんの反応を伺っている様子もありました。そして冒頭の発言に戻ります。「専業主婦になりたい」 ――。
これまでかけてきた教育費、仕送り。合計1,500万円を優に超えます。すべてが無駄だったと思っているわけではありません。それでもMさんは、ぽつりと本音をこぼします。
「専業主婦が悪いわけじゃないんですよ。ただ、それを『夢』と言われてしまうと……。あれだけお金と時間をかけてきた意味は何だったんだろうと思ってしまう瞬間もあります。外食も旅行も我慢してきましたし、洋服はセール品ばかり。だったら、地元の大学でもよかったんじゃないかなって。あの子だって、奨学金を返していくの大変でしょうし」
この思いの根底にあるのは「自分が学べなかった人生を、娘に押し付けすぎていたのではないか」という迷いです。
