「それなりの立地」を手に入れるために9,000万円
「仕事へのアクセスもいいし、この立地なら子育て環境も申し分ない。共働きを続けるなら、ここしかないと思ったんです」
都内の大手メーカーに勤める高橋健一さん(仮名・34歳)は、数ヵ月前に購入したばかりのマンションを見つめながら、力なく笑いました。
2人目の子供が生まれたのを機に購入したのは、23区内にある9,000万円強のマンション。健一さんは年収900万円、大手IT企業で働く33歳の妻は年収600万円。世帯年収1,500万円の二人が選んだのは、お互いの収入を合算してローンを組む「ペアローン」でした。
不動産価格の高騰が止まらない2026年の東京において、この金額は決して「贅沢な暮らし」を約束するものではありません。利便性を重視し、家族4人が暮らせる70平米程度の標準的な3LDKを求めれば、今の共働き世帯にとっては、これがそれなりの立地を手に入れるための「現実的な相場」でした。
「月々のローン返済は24万円。管理費や積立金を合わせると、住居費だけで30万円近くが消えていきます。銀行が『これなら貸せます』というんだから、大丈夫なはずだ。そう自分に言い聞かせて判を押しました」
しかし、実際に暮らし始めて健一さん夫婦を待っていたのは、多額の債務と引き換えに得たはずの「理想の生活」とは程遠い、生々しい現実でした。
70平米の壁と、消えない「生活音」のストレス
「9,000万円という対価が、必ずしも“快適さ”に直結するわけではないとは……」
入居して数ヵ月、健一さんは日々小さなストレスの積み重ねに直面しています。上の階から響く足音や隣室の生活音を耳にするたび、「これほどの支払いをしても、以前の賃貸と遮音性が変わらないのか」という徒労感が募ります。土地代の高さゆえに膨らんだ価格は、建物のスペック向上には必ずしも反映されていないのです。
さらに、家族4人で暮らす70平米は、想像以上に手狭でした。
「子供たちの成長とともに物が増え、収納が追いつかなくなりました。床に物が散らばるリビングを見ると、自分の選択が正しかったのか自問自答してしまいます。週末に子供を連れて外に出れば、どこもかしこも人で溢れ返っていて、正直休まる暇もありません」
かつて「賑やかで便利」だと思っていた環境も、今や落ち着かない要因となっています。共有部のわずかな汚れや街の騒々しさに、妻は「本当にここでよかったのかな……」と漏らす場面が増えました。
「立地はいいので、売却の選択肢はあります。でも、子供の転園や小学校の環境を考えれば、今すぐ動くのは現実的ではない。資産価値があることは救いですが、今はただ、この膨大なローンを返し続けなければならないという現実に重圧を感じています」
理想の暮らしを手に入れたはずが、健一さんの口からこぼれるのは後悔の言葉でした。
