電話越しの「嗚咽」にただならぬ気配
「最初は何を言っているのかわからないくらい、母の声が震えていて……」
そう語るのは、都内に住む会社員の山口恵理子さん(58歳・仮名)。ある冬の夜、久しぶりに母・澄子さん(85歳・仮名)から電話がかかってきました。受話器から聞こえてきたのは、かすれた声と、すすり泣くような音でした。
「こんなはずじゃなかったのに……」
その言葉を最後に、電話は切れました。
急いで車を飛ばし、郊外にある実家へ向かった恵理子さん。玄関を開けた瞬間、言葉を失ったといいます。
「暖房もついていなくて、家の中がものすごく寒かったんです。母は薄いパジャマのまま、リビングで毛布にくるまっていました」
その場に倒れ込むようにいた澄子さんは、幸い命に別状はなかったものの、部屋の中は荒れ放題。食品は賞味期限切れ、浴室はカビだらけ。通帳や郵便物は山積みのまま。電気やガスが止まっていなかったのが不思議なほどだったといいます。
澄子さんは「娘に迷惑をかけたくない」と、体調を崩しても我慢していたのだそう。転倒して足を痛め、外出もできなくなっていたにもかかわらず、誰にも助けを求めなかったのです。
厚生労働省『令和7年版高齢社会白書』によれば、高齢者世帯のうち一人暮らしの割合は、女性で22.1%、男性で15.0%。高齢単身者の孤立や生活困窮が深刻化しています。
また、要介護認定を受けていない“グレーゾーン”高齢者も多く、「困っていないように見える」ことが支援の遅れを生む原因にもなっています。
澄子さんも、長らく近所づきあいを避けており、地域の見守り制度の案内なども「余計なお世話」と受け取っていたようでした。
