“交通”と“医療”のハードル
香奈さんがさらに不安を感じたのは、買い物と通院の問題でした。
「車があれば何とかなるよ」と言っていた両親ですが、運転は父のみ。最近では視力の低下もあり、週に1回程度しか外出していないとのことでした。
スーパーは車で15分、最寄りの総合病院は30分以上。母の持病の通院も、今は月1回に減らしているというのです。
国土交通省『地域公共交通の現状』によると、地方部では公共交通の維持が困難になっており、特に高齢者の「自家用車運転」を前提とした生活は、免許返納後や運転不能になった後の移動手段確保が大きな課題だと指摘されています。公共交通が乏しい地域では、買い物・通院・役所の手続きなど、日常の多くが「車前提」になってしまうのが現実です。
「せっかく家も買ったし、すぐに出ていくなんて言えないわよ」
そう語る母の表情は、どこか寂しげでした。
家は広く、自然は美しい。けれど、日々の生活は静かすぎて、気軽に話せる人もいない。自分たちで選んだ“理想の老後”が、次第に“誰にも頼れない孤独な生活”へと変わっていったのです。
東京に戻った香奈さんは、高齢者向けの生活支援制度や、シニア向けの見守りサービス、リモート医療の導入地域などの情報を集めました。「この家で暮らし続けたい」という両親の意志を尊重しつつ、現地の生活支援を強化する選択を考え始めたのです。
一方で、「最終的には自分たちの近くに呼び寄せる選択肢もある」として、都内での賃貸物件探しも視野に入れ始めたといいます。
地方移住は悪ではありません。現に、地域に溶け込み、充実した老後生活を送っている高齢者もいます。
しかし、生活インフラ・人間関係・健康状態・老化のスピード——あらゆる側面が揃わなければ、“理想”はすぐに“孤立”や“後悔”へと変わります。
庭付き一軒家の美しさだけでなく、そこに暮らす日々を支える「しくみ」や「人とのつながり」を含めて設計する。それが、これからの“現実的な老後の幸せ”なのかもしれません。
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