(※写真はイメージです/PIXTA)

富裕層の間では相続対策として「相続直前に高額不動産を購入し、評価額を圧縮する」手法が長らく活用されてきた。しかし今、このスキームが制度的に封じられる可能性が高まっている。与党税制調査会では、相続や贈与が発生した際の不動産評価について、購入から一定期間内の物件を「取得価額」で評価する案が有力視されており、実現すれば節税効果はほぼ消滅することになる。では、一体どれほどの税額になるのか、購入価格2億8,000万円の賃貸マンションを例にシミュレーションしてみた。※本連載は、THE GOLD ONLINE編集部ニュース取材班が担当する。

路線価等ではなく「取得価額(購入価格)」で評価

日本の相続税制度では、土地は「路線価方式」、建物は「固定資産税評価額」を基準に評価されてきた。これらの評価額は実勢価格を大きく下回ることが多いため、相続直前に高額不動産を取得して評価額を抑え、節税効果を得る手法が長らく富裕層の間で用いられてきた。

 

しかし、こうした「相続直前の不動産購入による節税」を是正するため、与党税制調査会は制度の見直しに向けた議論を本格化している。特に有力視されているのが、取得から一定期間(5年以内など)に相続または贈与された不動産については、従来の路線価等ではなく“取得価額(購入価格)”で評価するという案である。

 

この制度が導入されれば、実勢価格と大きく乖離する従来評価のメリットは薄れ、相続直前の不動産購入による節税は事実上困難になる。

 

国税当局はこれまでも、節税目的が疑われるケースに個別鑑定を行うなどの対応を行ってきたが、明確な基準や線引きは存在しなかった。

 

都心の賃貸マンション「2億8千万円」相続の影響をシミュレート

賃貸マンション(貸家建付地+貸家)の評価減を踏まえたうえで、賃貸マンション(購入価格2億8,000万円)でシミュレーションを行ってみたい。話を単純化するため、相続財産は当該賃貸マンションしかないものとする。

 

【前提条件】

賃貸マンションの購入価格:2億8,000万円

現行評価

 ・土地(路線価):8,000万円

 ・建物(固定資産税評価額):7,000万円

賃貸割合:100%

借家権割合:30%(国税庁一般基準)

基礎控除:3,600万円(単身)

国税庁速算表(2025年時点)

 

①現行制度での評価額(貸家建付地+貸家を反映)

 

●貸家建付地の評価

計算式:自用地評価額×〔1-(借家権割合×賃貸割合)〕

=8,000万円×(1-0.3)

=5,600万円

 

●貸家(建物)の評価

計算式:固定資産税評価額×(1-借家権割合)

=7,000万円×(1-0.3)

=4,900万円

 

●現行制度の不動産評価額

5,600万円+4,900万円=1億500万円

 

■現行制度の相続税額

課税価格:

1億500万円-3,600万円=6,900万円

速算表(6,000万円超~1億円以下)

税率:30%、控除額:700万円

計算:6,900万円×30%-700万円

=1,370万円

 

②改正後(取得価額評価)の場合 

 

課税価格:

2億8,000万円-3,600万円=2億4,400万円

速算表(2億円超〜3億円以下)

税率:40%、控除額:2,700万円

計算:

2億4,400万円×40%-2,700万円

= 7,060万円

 

③試算結果の比較(節税効果の消滅)

 

評価方法    課税価格    相続税額

現行制度(貸家建付地+貸家の評価減あり)    6,900万円    1,370万円

改正後(取得価額評価)    2億4,400万円    7,060万円

 

ざっくりした計算になるが、相続税額の差は5,690万円となった。

割合では約4.1倍となり、相続直前の高額不動産購入による節税効果はほぼ消滅する。

富裕層の相続戦略に与える影響

今回、仮に見直しが行われれば、特に資産規模の大きい富裕層への影響が大きい。従来は「相続直前に高額不動産を取得して評価額を圧縮する」手法が一般的だったが、取得価額評価が導入されれば、この手法は封じられる。そのため、

 

早期の計画的な資産移転

時間をかけた贈与や承継スキーム

収益不動産を組み込んだ長期的なポートフォリオ形成

自社株・事業承継税制との組み合わせ

 

といった、より実態に即した資産戦略が求められるようになるだろう。

 

世帯構成や資産構造によって控除額や税率は異なるものの、“駆け込み購入” による節税は成立しにくくなる点は共通であろう。

不動産市場への影響

取得価額評価が導入されれば、相続対策を目的とした短期的な不動産需要は一定程度減少すると見られる。特に影響が想定されるのは以下の市場である。

 

相続目的で購入される都心部の投資用マンション

高額タワーマンション

相続直前に富裕層が購入する収益不動産

 

もっとも、価格への影響は市場環境や税制改正の最終案によって左右されるため、一概に下落するとはいえない。むしろ「課税の透明性が高まることで市場の健全性が向上する」との見方もある。

政策的背景:課税の公平性確保

今回の見直し案は、実勢価格と評価額の乖離を縮小し、課税の公平性を確保することが狙いだろう。現行制度のままでは、同じ価格の不動産を持っていても、購入時期によって税負担が大きく変わってしまう。

 

今後の焦点となるのは、

 

対象期間を何年に設定するか(5年・3年など)

例外の扱い(居住用・事業用物件など)

適用開始時期

過渡期間を設けるか

 

といった制度設計が想定される。

 

貝井英則税理士(シェル総合会計事務所)は次のように指摘する。

 

「今回の税制改正は、タワマン節税の排除に見られるように、特定の節税策は広まるほど見直しや規制が入りやすいという現実を示しています。また、相続はいつ発生するかわかりません。対策を施しても、家族状況や資産構成の変化、税制改正の影響で効果が薄れたり無意味になったりすることは珍しくありません」

 

「とはいえ、節税そのものが否定されるわけではなく、適法で実態に即した対策は引き続き重要です。税理士とこまめに情報共有しながら、一つのスキームに依存せず、環境変化に応じて柔軟に見直していくことが何より大切でしょう」

 

賃貸マンションの評価減を反映した試算でも明らかになったように、取得価額評価が導入されると相続税額は“4倍以上”に跳ね上がるケースもある。これまで富裕層の間で広く用いられてきた「相続直前の不動産購入」という節税策は、仮に改正されると大幅に効果を失う見通しだ。

 

今後は、時間を味方につけた計画的な資産移転や、複数の選択肢を組み合わせた総合的な相続戦略が不可欠となりそうだ。
 

 

THE GOLD ONLINE編集部ニュース取材班

 

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