「これ、捨てるよ?」母の一言に立ち止まった長男
「もう築50年、あちこちボロボロなのよ」
そう語るのは、東京都内に住む中川涼子さん(78歳・仮名)。夫に先立たれて10年、今は長女家族の近くに引っ越す準備をしているといいます。
きっかけは、持病の悪化と、次女の進学による家計の見直し。高校3年生の次女が大学受験を控え、母として「生活をコンパクトにしよう」と決断したのでした。
長男・大地さん(45歳・仮名)が実家の片づけを手伝いに来たある日。古い戸棚の奥から、埃をかぶったくすんだ灰色の陶器が出てきました。
「これ、ずっとあったよね? たしか父が骨董市で買ったって…」
涼子さんは「そんなの飾ってるだけで邪魔よ。捨てるわね」と軽く言い放ちます。
しかし、大地さんは手に取った瞬間、なんとも言えない重みと存在感に違和感を覚え、壺を箱にしまい込みました。
数日後、大地さんは都内の美術商を訪ね、その壺を鑑定に出しました。鑑定士が白手袋で壺を手に取った瞬間、表情が変わったのを、大地さんは見逃しませんでした。
「これは……李朝時代後期の“粉青沙器”に似ていますね。状態もいい。少なくとも本物なら……百万円単位の価値があります」
その言葉に、大地さんは一瞬耳を疑いました。
「あんな埃まみれだったのに……?」
驚きとともに、胸にこみ上げてきたのは、父への思いでした。骨董が好きで、日曜になるとフリーマーケットを見て歩いていた父。「ガラクタばっかり集めて…」と家族に言われながらも、大切そうに棚に並べていたのを、大地さんはふと思い出しました。
結局、その壺は専門のオークションに出され、110万円で落札されました。
この金額は、涼子さんの引っ越し費用の足しとなり、また、次女の大学進学資金の一部にも充てられたといいます。
「お父さんの“ガラクタ”が、最後に私たちを助けてくれたのよね」と涼子さんは笑います。
