(※写真はイメージです/PIXTA)

高齢化の進展とともに、特別養護老人ホーム(いわゆる「特養」)への入所は多くの家庭にとって現実的な選択肢となりつつあります。要介護3以上の高齢者が対象とされ、医療と介護の連携によって、日常的な生活支援を受けながら長期的に暮らせる施設として注目されています。しかし、本人にとっては住み慣れた自宅を離れることへの戸惑いも大きく、「ここは自分の家ではない」と感じ続ける人も少なくありません。家族にとっても、安心と引き換えに“見えなくなる暮らし”への不安や後ろめたさが残るケースが多いのが実情です。

「帰宅願望」認知症と“居場所の意識”

認知症を抱える高齢者の多くは、「ここは自分の家ではない」と感じる「帰宅願望」を繰り返し訴える傾向があります。これは必ずしも“実際の家に戻りたい”という意味ではなく、「安心できる場所に帰りたい」「以前のような状態に戻りたい」という心理が反映されているとされます。

 

家族の側も「本人の安全を優先するためには施設入所が必要」と理解していても、実際に“寂しさや孤独”を目の当たりにすると、割り切れない感情が湧き上がるのも当然といえるでしょう。

 

俊明さんはその日、施設スタッフに対し「母が帰宅を希望していることへの対応」について、本人の不安を軽減するための取り組みを相談したといいます。

 

「制度的にすぐ帰すのが難しいのはわかっています。でも、たとえば昔の家の写真を飾るとか、少しでも母の感覚に寄せた方法があるかもしれないと思ったんです」

 

職員1人あたりの業務負担が重くなりがちな現場では、どうしても「効率的な対応」が優先されやすい状況もあります。それでも “暮らしの場所”としての安心や尊厳をいかに守るかは、介護の根幹ともいえる課題です。

 

「また来るからね」と告げた俊明さんに、節子さんはうなずいたように見えました。

 

「ここは私の家じゃない」と訴える声の裏には、不安や孤独、そして“安心できる居場所”への願いが込められているのかもしれません。たとえささやかな工夫でも、その人の心を少しでもほぐせるなら――家族と施設が共に歩む“もうひとつの家”として、そこでの時間を育んでいけるのではないでしょうか。

 

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※本記事のインタビューではプライバシーを考慮し、一部内容を変更しています。

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