理想的に思えた“安心の住まい”
「まさか、半年で出ることになるとは思ってもみませんでした」
そう話すのは、東京都内に住む石井康弘さん(79歳・仮名)と妻の春江さん(77歳・仮名)。
夫の康弘さんは大手企業で長年管理職を務めてきた元会社員、春江さんは家庭を支える専業主婦でした。定年退職時に受け取った退職金はあわせて約2,500万円、現在の年金月額は夫婦で28万円と、経済的にゆとりのある老後資金を背景に、「自立から看取りまで対応可能」と謳う民間の介護付き有料老人ホームへの入居を決めました。
「駅から近く、看護師も常駐。レストランもついていて、夫婦で暮らすには申し分ない環境だと思ったんです」
入居一時金は1人1,200万円(返還金あり)、月額費用は食費・管理費込みで約30万円。費用面にも納得し、見学当日に仮契約したといいます。
しかし入居から3ヵ月が過ぎた頃、春江さんに軽い脳梗塞の兆候が現れました。幸い発見が早く、大事には至りませんでしたが、以降は「ときどき食事中に手が止まる」「トイレの失敗が増える」といった変化が現れ始めました。
その際、ホーム側から提示された対応が、夫婦の想定とズレていたのです。
「スタッフの方が“お食事、召し上がらなければ下げますね”と下膳してしまったんです。ゆっくりでも自分で食べたいという妻の意思を尊重してほしかった」
また、トイレの失敗があった際も「失禁が増えたので紙パンツに変更しましょう」と一方的に提案されたことに違和感を覚えたといいます。
「効率化を求めるのは分かりますが、私たちは“できることは最後まで自分で”という方針で過ごしてきました。施設側とその部分の哲学が違った」
介護付き施設においては、要介護状態に応じて職員が日常生活をサポートしますが、職員の配置基準や業務負担の関係から、「効率的介助」や「画一的な対応」が行われやすい側面もあります。
「妻が“まだ私は自分でやれるのに”と涙をこぼしたとき、このままでは本人の気持ちが壊れてしまうと思いました」
