「あれ? 金庫の中に何もない…」
「え、ちょっと待って。金庫、空っぽなんだけど……?」
神奈川県在住の会社員・北村綾乃さん(48歳・仮名)は、実家へ帰省した際、仏壇横の金庫が開けっ放しになっていることに気づきました。
「いつも父が『ここには手を出すなよ』と言っていたのに、扉が開いていて、中には何もなかったんです。通帳も印鑑も全部、きれいに消えていました」
実家には、85歳の父・隆一さん(仮名)が一人で暮らしています。10年前に母が他界して以降、周囲の心配をよそに「まだ自分のことは自分でできる」と、気丈に過ごしていました。
綾乃さんが慌てて父に尋ねると、少し間を置いてからこう答えたといいます。
「うん…お金、全部なくなっちゃったんだよな」
一瞬、耳を疑いました。かつて父は地元の建設会社に勤めており、退職金も1,000万円以上を受け取っていたはず。年金も月14万円ほど受給していると聞いていた綾乃さんは、「どう考えても“ゼロ”になるわけがない」と思いました。
「どういうこと? どこに行ったの?」と問い詰めても、父は「いや、わかんないけど…使っちゃったかな」と曖昧な返事を繰り返すだけでした。
高齢者の中には、銀行預金を避けて手元に現金を置いておく方も多くいます。「通帳を信用しない」「何かあったときは現金が安心」という意識が根強く、床下や仏壇の引き出しに保管する……というような例もあります。
一方、高齢者の消費者トラブルは、家族が想像する以上に多岐にわたります。
消費者庁「高齢者の消費者トラブルに関する調査」(2022年)によると、65歳以上の相談は全体の約3割を占め、1件あたりの平均既支払額は若年層より高い傾向があります。また、2018年に約35.8万件をピークに減少しているものの、2022年は約25.8万件と前年と同水準で、高齢者人口の増加に比例して増えているわけではありません。
さらに、販売形態別に見ると、訪問購入では6割以上、訪問販売では5割弱が高齢者であり、在宅時間の長さから“訪問勧誘のターゲットになりやすい”実態も示されています。
「住宅修理」「役務サービス」「健康食品」「迷惑メール・架空請求」などの相談が年齢とともに上位を占めていく傾向も確認されており、高齢になるほど“金銭トラブルに巻き込まれるリスク”が高まる構造が見られます。
綾乃さんも、父が何らかの詐欺に遭ったのではないかと疑い始めました。
「もともと新聞の折込チラシを集めるのが好きで、“金貨の購入”とか投資関連など、怪しいのを部屋で見たことがあるんです」
