「あのとき行かなきゃ、一生後悔していた」
埼玉県在住の森川文江さん(仮名・64歳)は、4年前に母親を亡くしました。兄と妹で分割された遺産のうち、文江さんが手にしたのは約800万円。
「母は本当に倹約家で、贅沢をする人じゃなかったんです。旅行も、洋服も、ほとんど自分のためにはお金を使わない人でした。だから、逆に思ったんです。『私は、母のぶんまで楽しいことに使おう』って」
定年後の生活は年金月14万円とパート収入で成り立っていましたが、まとまったお金を手にした文江さんは、長年の夢だった“ヨーロッパ周遊旅行”を即決。2ヵ月かけてイタリア・スペイン・フランス・オランダ・チェコを巡る個人手配の旅に出ました。
「バックパッカーの若者に混じって列車で移動して、途中で財布をなくして警察に行くことも。でも、毎日が映画みたいで楽しくて。“一生の思い出”って、こういうことなんだって思いました」
帰国後も、しばらくは「旅の余韻」に浸る日々が続きました。しかし、物価高とパート先の閉鎖が重なり、日常の生活に少しずつ不安が出てきます。
「週3で働いていたスーパーが閉店して、次の仕事がなかなか決まらなくて。失業手当も一時的だし、あれよあれよという間に、手元のお金がなくなっていきました」
元々、遺産800万円のうち700万円ほどは旅費や旅先での買い物で消えており、残っていたのは100万円以下。固定資産税や家電の買い替えなど、思わぬ出費も重なりました。
「“老後資金”として残しておかなきゃ、っていう意見もあると思います。実際、妹には“全部旅行に使っちゃったの?”と驚かれました。でも、私は後悔していません。いま大変なのは確かだけど、“やらなかった後悔”の方がずっとつらいと思うから」
