「畑のある暮らし」が夢だった
「毎日土に触れて、自分で野菜を育てる暮らしがしたかったんです」
そう語るのは、元・都内在住の主婦・山口美沙さん(仮名・43歳)。夫の陽介さん(仮名・45歳)とともに、4年前にとある農村部に移住しました。都内での生活に疲れを感じていた2人は、コロナ禍を機に一念発起。「畑のある一軒家」を求めて、築40年の空き家を改修し、夫婦2人での新生活をスタートさせました。
最初の1年目は順調だったといいます。畑で採れた野菜をSNSに投稿すると、「理想の暮らしですね」「憧れます」といった反応が多く、地域の直売所にも出品するなど、新しい挑戦にもやりがいを感じていました。
転機となったのは、2年目の夏。庭の手入れをしていた際、隣家の高齢女性が声をかけてきました。
「ちょっと、草伸びすぎじゃない? うちまで虫が来るのよ」
美沙さんは謝罪し、すぐに草刈りをしたそうですが、それ以降、その家から挨拶が返ってこなくなりました。さらに、町内会の集まりでも声をかけられることが減り、スーパーで顔を合わせても無視されるように。
「たった一度、注意されたことがきっかけで、ここまで関係が冷えるとは思いませんでした」
美沙さんが原因として考えたのは、「地域の慣習を十分に理解しきれていなかったこと」。ゴミ出しルールや、草刈りのタイミング、回覧板の扱いなど、“暗黙のルール”が多く、地域の人との距離感が難しかったといいます。
地方では、町内会・自治会が生活の基盤として機能している地域も少なくありません。草刈りや祭り、農道の整備、葬儀の手伝いなど、「助け合い文化」が根強く残っている一方で、そのルールが“見えづらい”こともトラブルの一因です。
国土交通省の調査でも、「地域行事への参加や役割分担にプレッシャーを感じた」と答える移住者は全体の3割以上。特に都市部出身者は、「時間や人間関係に縛られない自由な暮らし」を求めて移住するため、こうした“密なつながり”に戸惑うことがあるようです。
