「困ったら、あれを使って」母の最期のひとこと
「母はずっと節約家でした。外食も旅行もあまりせず、“何かあったときのために”が口癖だったんです」
そう語るのは、東京都在住の勝田和也さん(50代・仮名)。3人きょうだいの長男で、両親と同居していました。
母・澄江さん(仮名)が倒れたのは、80歳の誕生日を迎えた年の冬。寒さが厳しくなる時期、軽い風邪をこじらせて入院し、1ヵ月後に容体が急変。静かに息を引き取りました。
「病室で最期に言われた言葉が『困ったら、あれを使って』だったんです。当時は“通帳のことかな”と思っていましたが、それ以上のことは聞けませんでした」
葬儀を終え、きょうだいで分担して遺品整理をしていたときのこと。押し入れの奥にある床下収納の存在に気づき、開けてみると、そこには黄色い布に包まれた箱がありました。
「まるで時代劇の小道具みたいな包み方で。中には、見たことのない古いお札と、母の名前が書かれたキャッシュカードがありました」
旧札は昭和の時代に流通していた1,000円札や5,000円札、さらにピン札の一万円札まで、合計で30万円ほど。現代では珍しい保存状態でした。
「キャッシュカードの銀行名も、正直“まだあるの?”と思うような地方銀行で。念のため口座を調べてもらったところ……残高が600万円あったんです」
澄江さんが管理していた家計は、ごくごく堅実なものでした。年金は月額13万円ほど。足りない分は勝田さんが仕送りをしており、月2〜3万円ほどを送金していました。
「母は“もらいすぎじゃない?”なんて言っていたんですが、僕としては当然のこと。まさか貯めていたなんて」
なぜ秘密にしていたのか──。母が利用していた介護施設のスタッフが思い当たる話をしてくれました。
「お母さま、施設に入る前に“家族には頼れないから、自分の分くらいは自分で”と話していたことがありましたよ」
実際、介護費用は一定額以上の年収があると補助が受けられず、負担が重くなる場合もあります。たとえば、介護保険の「高額介護サービス費制度」では、所得に応じて月額の自己負担上限が異なり、高所得者は上限も高く設定されています。
