「遠方介護」という壁
「お金のことは心配しなくていいから」
母は口癖のようにそういっていました。しかし父の他界後、少しずつ物忘れが増え、介護が現実味を帯びてきたいま、その言葉が娘の由紀子さん(仮名/54歳)を重く圧迫しています。
母は日常の買い物もまだ自分でできています。けれど最近は、歩くスピードも遅くなりました。「もし、このまま本当に介護が必要になったら……」母を見守る娘の心には、不安が募るばかりです。
母は地方の実家で一人暮らし。一方の由紀子さんは都内に在住。仕事と家庭を両立しながら、月に数回、電車で3時間以上かけて実家に帰り、母の様子をみています。距離の壁は大きく、母に介護が必要になったら、「遠方介護」になることは必然でしょう。
「ご飯を食べたのか聞いても、答えがあいまい」 「同じ話を何度も繰り返す」
最近は訪問介護を入れはじめましたが、電話での受け答えがおかしくなっていることに気がつきます。小さなサインが増えていくたびに、「そろそろ施設を……」と由紀子さんの不安は募るばかりでした。
500万円の残高に安堵も…
ある帰省の日、由紀子さんは介護施設の具体的な費用計画を立てるため、母に頼んで実家の通帳をみせてもらいました。
「ほら、心配ないといったでしょう」 母が差し出した通帳の残高は500万円。由紀子さんは、まず胸を撫で下ろしました。「よかった、これだけあれば当面の一時金にはなる……」と。
しかし、その晩、ネットで「認知症」「介護」と情報収集をしていたところ、由紀子さんはハッとします。
(もし、母の認知症がもっと進んで、銀行に“判断能力なし”とみなされたら?)
本人の認知症が進行すれば、たとえ家族であっても、この500万円は銀行に凍結され、原則として1円も引き出せなくなります。
さらに、母が「心配ない」という根拠はもう一つありました。「実家」です。しかし、売却を検討してみましたが、地方のためすぐには買い手がつきません。
由紀子さんは絶句しました。
「預金はあるのに“凍結”されて使えない」「家はあるのに“売れなくて”お金にならない」
介護施設の入居一時金に数百万円、月々の費用も20万円前後。年金だけでは到底足りません。まさに八方ふさがりの現実に直面したのです。
