お金で買えないもの
「通帳残高は年々増える一方。でも、私には……」
68歳の内藤英子さん(仮名)は、銀行員として定年まで勤め上げました。現在は都内の分譲マンションで一人暮らしをしています。亡き夫が残したマンションにローンはなく、年金収入は月23万円、堅実な資産運用による不労所得も月50万円ほど。総資産は3億円を超え、現役時代よりも豊かです。一見すると、誰もが羨む「完璧な老後」でしょう。
しかし、英子さんの胸中は晴れません。その理由は「お金では買えないもの」――健康にありました。
割引オプション検査で発覚した“異変”
市町村から届く、健康診断の案内。毎年受けてはいるものの、英子さんは「どうせ異常はないし」と数千円のオプション検査を無駄と考え、いつも基本検査だけで済ませていました。
ところが今回は「オプション検査に割引がある」と記載されています。ものは試しと、珍しく追加のオプション検査を申し込みます。その判断が、彼女の人生を大きく変えるきっかけになりました。
検査結果は「要再検査」。早々に大学病院への紹介状が書かれ、精密検査を受けると、初期のがんがみつかります。幸い切除すれば完治できる段階で、手術は成功。英子さんは一時、落ち込んだ気持ちを取り戻しつつありました。
ところが、安堵もつかの間。術後の経過観察の中で、別の臓器に異常が発見されたのです。医師から「早めに治療を始める必要があります」と告げられたとき、英子さんは「二度も病気を突きつけられるなんて」と大きなショックを受けました。
再度の入院治療が始まり、病室のベッドの上で、彼女はただぼんやりと天井を眺める時間が増えました。天井の化粧板に空いた、無数の小さな点々。それを一つ、また一つと、ただひたすらに数える。数百まで数えたところでわからなくなり、また最初から数え直す。3億円の資産も、ここではなんの意味も持ちません。
「際限なくお金は増えていくのに、健康はあっという間に崩れる。あれだけ節約して積み上げてきたのに、体が思うようにならないなんて」そう呟く英子さんの表情には、資産の豊かさと心身の不安定さのギャップが浮かんでいました。
