地方ハローワーク職員「価格転嫁できず、人も切れない」… “最低賃金引上げ”が招く八方塞がり、静かに追い詰められる中小企業【解説:エコノミスト宅森昭吉氏】

景気の予告信号灯としての身近なデータ(2025年10月9日)

地方ハローワーク職員「価格転嫁できず、人も切れない」… “最低賃金引上げ”が招く八方塞がり、静かに追い詰められる中小企業【解説:エコノミスト宅森昭吉氏】
(※画像はイメージです/PIXTA)

10月1日から、全国の多くの都道府県で最低賃金が改定されました。全国平均は1121円で、引上げ幅は過去最大。もっとも高い東京都では1,226円となっています。パート・アルバイトなど、非正規雇用者にとっては喜ばしい一方、雇用主からは不安の声も上がっています。内閣府が発表した9月の景気ウォッチャー調査では、旅行や百貨店、映画など身近な分野で明るい動きが続き、景気の回復を感じさせる結果となった一方で、この「最低賃金引上げ」による企業の不安は根強く、先行きには慎重な声も……。エコノミスト・宅森昭吉氏が最新の調査結果を分析していきます。

景況感、5ヵ月連続で上向き…地域・業種ともに改善続く

9月現状判断DIは47.1に5ヵ月連続上昇。5ヵ月連続の上昇は23年1月~5月以来。

 

9月の「景気ウォッチャー調査」で、現状判断DI(季節調整値)は46.7と8月から0.4ポイント上昇し、5月から5ヵ月連続で上昇しました。1月の48.6以来8ヵ月ぶりの水準になりました。5ヵ月連続の上昇は現在の季節調整値でみて23年1月~5月以来2年4ヵ月ぶりです。

 

企業動向関連DIは0.5ポイント低下したものの、家計動向関連DIは0.3ポイント上昇し、雇用関連DIは2.6ポイント上昇しました。

 

先行き判断DI(季節調整値)は前月差1.0ポイント上昇し、48.5に。こちらも5ヵ月連続の上昇です。こちらは雇用関連DIが低下したものの、家計動向関連DIと企業動向関連DIが上昇しました。

 

なお、原数値でみると、現状判断DIは前月差0.3ポイント上昇の46.6となり、先行き判断DIは前月差1.5ポイント上昇の48.2になりました。

 

9月の調査結果に示された景気ウォッチャーの見方に関する内閣府の判断は、現状に関しては「景気は、持ち直しの動きがみられる」と3ヵ月連続で同じです。また、先行きについても、「価格上昇や米国の通商政策の影響を懸念しつつも、持ち直しの動きが続くとみられる」とこちらも3ヵ月連続で同じになりました。

 

出所:内閣府
[図表1]景気ウォッチャー調査(25年8月・9月)・季節調整値 出所:内閣府

 

業種別にみると、百貨店・旅行分野が好調続く

業種別の現状判断DI、百貨店と旅行・交通関連が2ヵ月連続で50を上回る。

 

9月の業種ごとの現状判断DIをみると、百貨店が景気判断で「良」超になる分岐点の50を2ヵ月連続で上回りました。9月の大手百貨店4社の売上高・前年同月比の単純平均は+5.8%で8月の+4.8%に続いて2ヵ月連続で増加していることと整合的です。

 

また、旅行・交通関連も2ヵ月連続で分岐点の50を上回りました。

 

出所:内閣府
[図表2]内閣府:景気ウォッチャー調査:分野・業種別景気現状判断(方向性/原数値) 出所:内閣府

 

地域別にみると、「インバウンド」を追い風に沖縄好調維持…東京も2ヵ月連続上向き

地域別の9月現状判断DIで、沖縄が6ヵ月連続で50超。東京都は2ヵ月連続で50超に。

 

地域別にみた9月の現状判断DIでは沖縄が55.5と6ヵ月連続で景気判断の分岐点50を上回りました。また、南関東のなかに含まれる東京都が51.9と2ヵ月連続で50超に。一方、沖縄の先行き判断DIは58.9になりました。21年9月以降4年1ヵ月連続50超が続いています。「インバウンドの来場者が増加しているため、今後も期待できる」という沖縄・観光名所の職員のコメントがありました。

 

出所:内閣府
[図表3]景気ウォッチャー調査:地域別景気の現状判断DI(方向性)季節調整値 出所:内閣府

「7月大災害」の風説払拭…インバウンド関連DIも回復傾向

9月「外国人orインバウンド」関連判断DI、現状判断・先行き判断ともに2ヵ月連続上昇。8月とともに50台。7月大地震の風説の影響は払拭される。

 

9月の「外国人orインバウンド」関連現状判断DIは58.0と前月から2.0ポイント上昇し、2ヵ月連続の50超になりました。8月は56.0と7月から12.7ポイントと大きく上昇し4ヵ月ぶりの50超になっていました。

 

9月の先行き判断DIは54.2で8月から3.2ポイント上昇しました。8月は51.0で7月から2.9ポイント上昇しています。こちらも2ヵ月連続の50超になりました。7月に大地震が起こるとの風説などが影響し、7月の「外国人orインバウンド」関連判断DIが悪化していたことと様変わりです。

 

7月の「外国人orインバウンド」関連現状判断DIは43.3と3ヵ月連続の40台。22年2月の31.3以来の低水準です。7月の先行き判断DIは48.1と、23年10月49.9以来の40台。22年4月の46.9以来の低水準と厳しい状況でした。

 

出所:内閣府「景気ウォッチャー調査」より筆者作成
[図表4]外国人orインバウンド関連・現状判断コメント数とDIの推移 出所:内閣府「景気ウォッチャー調査」より筆者作成

「価格・物価」関連は依然下振れ要因も、影響は軽微

9月「価格or物価」関連現状判断DIは、40.8と2ヵ月連続40台に上昇、コメント数は229名と2ヵ月連続で今年最少タイ。

 

9月「価格or物価」関連現状判断DIは40.8と8月の40.4から0.4ポイント上昇し、2ヵ月連続の40台になりました。9月の現状判断コメント数は229名と8月と同数で、減少基調は維持し、今年最少タイです。

 

「価格or物価」関連現状判断DIは依然景況感の下振れ要因ですが、DIの微増とコメント数の減少基調から影響はいくぶん軽微になっているようです。

 

出所:内閣府「景気ウォッチャー調査」より筆者作成
[図表5]2023年1月~2025年9月調査:価格・物価関連コメント集計表 出所:内閣府「景気ウォッチャー調査」より筆者作成
(注)◎「良」、〇「やや良」、□「不変」、▲「やや悪」、×「悪」

 

9月「価格or物価」関連先行き判断DIは41.4で前月から0.6ポイント上昇し、5ヵ月連続40台になりました。コメント数は331名で2ヵ月ぶりに減少しています。

 

「さまざまな物の値上げに消費者が慣れてきて、価格によって必要な商材の購買をやめることはない。年末年始に向かって消費行動が活発になると予測している」という、東京都の百貨店・売場主任のコメントがありました。

 

出所:内閣府「景気ウォッチャー調査」より筆者作成
[図表6]価格or物価関連・先行き判断コメント数とDIの推移 出所:内閣府「景気ウォッチャー調査」より筆者作成

トランプ関税の悪影響和らぐ…「関税」関連DIは2ヵ月ぶり上昇

9月調査「関税」関連DIは現状判断、先行き判断とも2ヵ月ぶりに上昇。

 

7月23日(日本時間)の日米関税合意により7月の景気ウォッチャー調査ではトランプ関税の悪影響がいくぶん和らぎました。

 

5月まで現状、先行きともに3ヵ月連続30台の低水準だった「関税」関連DIでしたが、7月は各々44.7、46.3と6月に続き2ヵ月連続で40台でした。ただし反動もあり、8月の現状判断DIは44.2、先行き判断DIは43.7へと4ヵ月ぶりに低下しました。しかし、9月の現状判断DIは48.1、先行き判断DIは44.1へと2ヵ月ぶりに上昇しています。

 

「米国関税も現状では影響が少ない様子であり、株式も安定している。為替も変わらない状況を勘案すると、あまり変化がない見込みである。懸念点である我が国の政局や物価高はあまり影響しない」という、東海の都市型ホテル・営業担当のコメントがありました。

 

コメント数は4月の現状判断104名、先行き判断249名がピークで、9月は、現状判断26名、先行き判断は64名へと減少しました。

 

出所:内閣府「景気ウォッチャー調査」より筆者作成
[図表7]2月調査~9月調査の「関税」関連判断DIの推移 出所:内閣府「景気ウォッチャー調査」より筆者作成

「猛暑」のピーク超え、消費回復に期待

9月の気温関連現状判断DIは47.4、猛暑関連現状判断DIは43.4と8月からは上昇。9月の先行き判断DIはどちらも分岐点50を上回る。

 

9月の「気温」関連現状判断DIは47.4、先行き判断DIは54.8と、8月「気温」関連現状判断DI 41.7、先行き判断DI 49.2を上回りました。

 

9月の「猛暑」関連現状判断DIが43.8、先行き判断DIが63.3で8月の「猛暑」関連現状判断DI 42.1、先行き判断DI 49.1から上昇。9月の先行き判断DIは「気温」「猛暑」とも景気判断の分岐点50を上回りました。

 

「気温の変化とともに消費の伸長が期待できる」という東海のその他専門店[雑貨]の店長の先行きに関するコメントがありました。

 

出所:内閣府データから筆者作成
[図表8]2025年6月~9月の気温関連DI、猛暑関連DI 出所:内閣府データから筆者作成

「最低賃金引上げ」に不安強く…企業負担懸念で関連DI50割れ

9月「最低賃金」関連現状判断DI、先行き判断DIはどちらも50割れ。最低賃金引上げの企業の負担増を指摘する向きが多い。

 

9月調査で「実質賃金」関連先行き判断DIは31.3で、8月までの4ヵ月連続50.0という記録が途絶えました。

 

7月速報値の実質賃金の前年同月比が7ヵ月ぶりにプラスに転じたのもつかの間で、確報値でマイナスに転じたことは、先行き見通しの悪化と整合的な感じがします。実質賃金プラス化への期待感が微妙な状況になっていることを示唆しているようです。

 

9月「最低賃金」関連現状判断DIは36.5で、先行き判断DIは38.3になり、どちらも景気判断の分岐点50を大きく下回る30台になりました。

 

9月の都道府県ごとの最低賃金公表で関心が高まり、コメント数は8月に続き2ケタになりました。先行き判断では8月に70名が「最低賃金」について触れましたが、9月は79名に増えました。

 

「最低賃金の改定により基本時給が上がり、デイリー商材を販売しているコンビニとしては、買上点数や単価の上昇を期待している」という景気に関し前向きな、南関東のコンビニ・エリア担当のようなコメントがあります。

 

一方で、「最低賃金の引上げが企業の人件費負担を増加させるため、採用抑制や求人件数の減少につながる可能性が高くなる」という九州の人材派遣会社・社員のコメントや、「最低賃金の引上げを目前に控え、中小零細企業からは悲痛な声が多数聞こえてくる。商品への価格転嫁は難しく、従業員の解雇や廃業も考えなくてはならないといった話もあり、先行きの見通しは暗い」という中国地方の職業安定所・職員の悲観的なコメントのほうが多い状況です。

 

出所:内閣府データから筆者作成
[図表9]2025年4月~9月の賃金関連DI 出所:内閣府データから筆者作成

“駆け込み来場”で「万博」関連DI改善も、先行きは不透明

開催期間中最後になる9月「万博」関連現状判断DIは、景気判断の分岐点の50を2ヵ月ぶりに上回る。閉幕後の2~3ヵ月先の先行き判断DIは50.0割れに。

 

9月の「万博」関連現状判断DIは59.0で、48.6と初めて景気判断の分岐点の50を一時的に下回った8月から改善しました。10月13日に大阪・関西万博が閉幕するので、万博開催期間中の現状判断DIは今回が最後になります。

 

「大阪・関西万博の影響が大きく、駆け込みでの来場も重なって、高単価、高稼働の動きが続いている。万博の閉幕後も、秋のトップシーズンということもあり、需要の陰りはまったくみられない」という近畿の都市型ホテル・フロントのコメントがありました。「万博」関連先行き判断DIは48.4で初めて景気判断の分岐点50を下回りました。

 

「大阪・関西万博が終わり、インバウンドや地方からの国内客も減少するため、従来の客に満足してもらうためのセルフのホットスナックを導入し、売上をカバーする」という近畿のコンビニ・経営者の先を見据えたコメントがありました。

 

出所:内閣府「景気ウォッチャー調査」より筆者作成
[図表10]24年11月~25年9月調査:「万博」関連コメント集計表 出所:内閣府「景気ウォッチャー調査」より筆者作成

 

(注)◎「良」、〇「やや良」、□「不変」、▲「やや悪」、×「悪」

『鬼滅』興行収入は歴代1位に迫る勢い…映画関連DI好調

9月末に歴代映画興行収入ランキングの第2位『鬼滅の刃』、第17位『国宝』などの影響で、「映画」関連現状判断DIは8月・9月連続で75.0に。

 

『劇場版「鬼滅の刃」無限城編・第一章・猗窩座再来』や『国宝』いった映画の好調な興行収入や観客動員数が話題になっています。9月末では、『鬼滅の刃』は歴代映画興行収入ランキングの第2位に、『国宝』は第17位となりました。

 

9月の景気ウォッチャー調査では、「小売チェーンでのタオルの販売は低迷しており、従来の状況に変化はないが、大阪・関西万博会場での売上は絶好調なほか、プロ野球関連での別注タオルの販売も好調である。さらに、映画館での入込客の増加により、館内の売店での販売が大きく増え、売上は大きく伸びている」と近畿の、その他非製造業[衣服卸]・経営者のコメントがあります。

 

9月の「映画」関連現状判断DIは8月に続き、75.0になりました。

 

出所:興行通信社など
[図表11]映画興行収入ランキング 出所:興行通信社など

※背景で色がついているのは公開年が2020年以降のアニメ映画。

※2025年9月28日現在

「総裁選」関連先行き判断DIは50超、AI関連も注目が集まる

9月の調査期間中(9月25日~30日)に自民党総裁選の演説会や政策討論会が開催され政治に関する関心が高まったことで「政治」や「総裁選」の先行き判断に関するコメントは、各々26名、43名になりました。9月「政治」関連先行き判断DIは44.2、9月「総裁選」関連先行き判断DIは52.3です。

 

また、「AI」に関するコメントがみられるようになってきました。9月「AI」関連判断DIは現状判断60.0、先行き判断50.0です。雇用面に「AI」を関連づけるコメントは慎重なものが多いようです。

 

出所:内閣府データより筆者作成
[図表12]景気ウォッチャー調査(2025年9月)主な要因別DI 出所:内閣府データより筆者作成

 

※なお、本投稿は情報提供を目的としており、金融取引などを提案するものではありません。

 

 

宅森 昭吉(景気探検家・エコノミスト)

三井銀行で東京支店勤務後エコノミスト業務。さくら証券発足時にチーフエコノミスト。さくら投信投資顧問、三井住友アセットマネジメント、三井住友DSアセットマネジメントでもチーフエコノミスト。23年4月からフリー。景気探検家として活動。現在、ESPフォーキャスト調査委員会委員等。

 

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