大幅改造が必要な「けた行き方向」の補強は断念
前回の続きである。
3.耐震改修設計の着手
(1)耐震改修設計の経過
以下のような順序で耐震改修設計が進められた。
2013年2月 耐震改修設計に着手
2013年5月 市への耐震改修促進法・計画認定手続きに関する事前相談
2013年6月 住宅金融支援機構への事前相談
2013年7月 駐車場・集会室改修追加設計着手
2013年8月 住宅金融支援機構への融資申請手続き
2013年9月 耐震改修設計完成
2013年11月 施工者選定作業に進む
(2)工事計画・設計の検討
工事計画・設計の検討は、耐震改修工事の範囲と仕様をどうするか、工事の障害となる部分の撤去復旧をどうするか、工事中の建物の使用制限をどうするかなどについて行い、次のような結果となった。
①建物各階けた行き方向の補強
けた行き方向の補強方法には、建物に補強ブレースをバランス良く配置していく方法があり、現在、建設会社やメーカーからはそのための様々な特許工法が開発されている。このマンションの場合、補強ブレースの採用は廊下側では、避難通路の確保など様々な制約があり、また敷地も手狭であり、バルコニー側も敷地の周囲が雑木林や擁壁に囲われて建設機材が入るためのアプローチがない。
したがってほとんどのメーカーの工法が採用できない状況であった。採用が可能な工法であっても、バルコニーに大幅な改造が必要で、その結果、窓回りをかなりふさいでしまい、出入りがしにくくなるなどの問題が生じることがわかった。予算面でも、当初、管理組合が考えていた総予算とかけ離れた工事費となり、この補強は採用には至らなかった。
駐車場は、スペースの制約が少ない工法で柱を補強
②建物1階柱の補強
建物1階の駐車場や集会室の独立柱の補強は、管理組合が当初から建物の倒壊を防ぐために実施を考えていた部分であるため、実現に向けて具体的な検討が進められることになった。補強方法には、鉄板巻き、コンクリート増し打ち、炭素繊維巻きなどの工法があるが、軸力の補強に有利で駐車スペースの制約が少ない鉄板巻き工法が適切で、これを採用することにした。鉄板巻き工法は柱型に加工した厚さ9mm の鉄板2枚を既存柱に挟み込み、接合部を溶接し、柱と鉄板の隙間にはグラウト材を注入し補強する工法である。
工法以上に検討を要したのは、補強工事で支障となる柱回りの部材の撤去復旧や移設工事である。柱回りの内装材、外装材、舗装材、扉などの撤去をはじめ、防犯灯、防犯カメラ、樋などの移設が必要になった。特に補強が必要な柱の3分の1はパイプスペースに囲まれていたため、ブロック壁を撤去し、ガス管、排水管、給水管、電気設備などの移設も必要になった(写真1)。
工事中の施設の使用制限については駐車場と集会室が対象となる。駐車場については車の出し入れや粉塵の問題、作業効率などを考え全車両を移動する必要があると判断して、管理組合で敷地外部に駐車場を借りることになった。集会室については複数の学習塾や他の管理組合の会合にも頻繁に利用されていることから、工事中であっても集会室が使用できないのは問題であるので、工事のための現場事務所を通常より大きなものを用意して1階を現場事務所、2階を臨時集会室として対応することにした。
【写真1】柱の補強に支障となる設備配管
③屋外階段の補強
日ごろ、多くの住民が使用している屋外階段は、災害時の避難路を確保するという観点からも、補強の対象として検討が進められた。水平方向の揺れによる接合部の破壊を防ぐために、建物本体外壁面から鉄骨フレームを各階踊場床スラブ小梁にサポートする工法を採用した。
しかし、多数のボルトが締められた鉄骨フレームのいかつい形状と、錆の発生による汚れがマンションの景観に悪影響を及ぼすことが懸念された。そのための改善策として、工事予算の大幅なアップになったが、鉄骨フレームをマンション外壁と同色に焼き付け塗装されたステンレス製パネルで外装し、鋼材の保護も兼ねるデザインを採用した。
駐車場と集会室は追加の改修工事が決定
④駐車場と集会室の全面改修
建物1階柱の補強後の周辺部材の復旧方法については、部分的な撤去復旧よりもこれを機会に全面改修することが検討され、耐震改修工事に追加して同時に実施することとなった。
●駐車場舗装の改修駐車場のアスファルト舗装は、柱の補強が地中梁天端まで及ぶことや設備埋設管の移設のために相当広い範囲の撤去が必要となる。加えて舗装や外構部材の経年による損傷劣化も目立つため、長期修繕計画で2015年に予定されていた改修工事を早めて実施することにした。
●集会室の改修集会室には補強工事の対象となる柱が2本あり、床、壁、天井、サッシなどの撤去復旧や設備の移設工事が発生する。部分的な撤去復旧工事に留めた場合、新旧の仕上げ材が混在してしまうという問題がある。また、以前から管理組合には集会室の利便性を向上させたいという要望があった。
現在の集会室は会議室一部屋、給湯室、男子・女子トイレ、清掃員室があるのみで、複数の塾の毎週の使用、他の管理組合の会合や行事などへの貸出しなど需要が多く、総会の時期などは調整が大変であった。そのため、これを機に次のような全面的な改修案が検討された。(集会室の改修については本書の第Ⅰ編2章で詳しく紹介している。)
・ 集会室を可動間仕切壁で2室にできるようにし、複数のグループが同時使用できるようにする。
・ 給湯器室に替えて、会議室に面したキッチンを設けることで管理組合のコミュニティ活動がより広がる工夫をする(写真2)。
・ 玄関ホールに面して、ガラス戸で閉鎖できる談話コーナーを設け、住民が気軽に団らんしたり、急な少人数の会合にも利用できるようにする。
・ トイレは個室とし、手すり、温水洗浄便座、洗面の給湯設備などを充実させる。
【写真2】改修された集会室