「兄が孤独死しました」ある高齢男性からの相談
5年前、筆者は鈴木大輔さん(仮名・65歳)という方から相続の相談を受けました。大輔さんは3人きょうだいの末っ子で、兄の洋介(仮名・68歳)さんと姉の千恵(仮名・70歳)さんがいます。
「先日、兄の洋介が逝去したとの知らせを受けたのですが…」
洋介さんは横浜市内の自宅マンションで、死後3週間ほど経った状態で発見されました。そのときは冬場だったため腐敗が遅かったこともあるのでしょう。機密性の高い都市部の鉄筋コンクリート造のマンションでは、こうした事案は珍しくありません。死因は不明ですが、介護なども受けておらず、自力で生活していたようです。
洋介さんは妻の雪乃さん(仮名)を10年以上前に亡くしており、夫婦の間に子どもはいません。両親もすでに他界しているため、洋介さんは定年退職後、ずっと独り暮らしだったようです。
つまり、洋介さんの相続人は、きょうだいである千恵さんと大輔さんの2名となります。
「兄の洋介の財産は、築20年の自宅マンションだけです…」
そのマンションは神奈川県内でも一等地のターミナル駅近くの大規模物件。一方で、預金通帳を確認すると、残高は数十万円あるかどうかという程度でした。
亡くなった男性と、亡き妻の持ち分が「1/2」ずつ
筆者がマンションの登記簿謄本を取って調べてみると、下記のように登記されていました。
平成@年@月@日売買
夫 洋介 持分2分の1(※今回マンション室内で死亡)
妻 雪乃 持分2分の1(※平成22年、自宅で倒れ搬送先の病院で死亡)
このような登記記録を見ると、筆者は内心「参ったな」と思ってしまいます。
目の前にいる大輔さんは「兄の住んでいたマンションだから、私たちきょうだいでなんとかなるだろう」と考えているようですが、上記を見ると、洋介さんは妻・雪乃さんの相続登記を放置して亡くなっているため、話はそう簡単ではないのです。
民法第909条には「遺産の分割は、相続開始のときにさかのぼってその効力を生ずる。ただし、第三者の権利を害することはできない。」と定められており、遺産分割協議の効力は被相続人の死亡時点に遡って発生します。
したがって、雪乃さんが死亡した時点に遡ると、そのときの遺産分割協議の対象者は夫・洋介さんと、雪乃さんのきょうだい(死亡している人がいればその子どもたち)全員ということになります。
つまり、マンションの登記名義を変更するには、その全員の同意が必要となるのです。
亡き妻には「半血きょうだい」が5人
この事実は時間が経っても変わりません。放置していても自然に解決することはなく、むしろ状況が悪化するケースが多いのです。
ただし、雪乃さんにきょうだいがいない場合(両親は他界している前提)は、遺産分割協議を経ずに登記変更ができる可能性があります。
大輔さんは「兄嫁の雪乃さんは、戸籍上〈長女〉と記載されていますし、生前もきょうだいの話は一度も聞いたことがありません」といいます。
大輔さんが持参した資料を確認すると、洋介さんの不動産関連の契約書類がまとめられた冊子があり、そこには亡くなった雪乃さんの戸籍謄本類が混じっていました。
鉛筆のメモ書きもされていたことから、おそらく洋介さん自身が妻の戸籍を取得したのでしょう。
一縷の望みをかけて、戸籍謄本に目を通してみます。すると、雪乃さんの父親と母親のあいだには、子どもは雪乃さんしかいませんでした。ただし「雪乃さんの父親と母親の間」においては、です。
その戸籍謄本からは、雪乃さんの父親は雪乃さんの母親と婚姻前に前妻と死別しており、その前妻との間に少なくとも子どもが5人いることが読み取れました。
「放置」の末路
雪乃さんの母親違いの「半血きょうだい」は、年齢的に亡くなっている可能性が高いでしょう。そうすると、その子であるおいやめいの全員が相続人となります。
専門家として推察すると、相続人の確定には不足する戸籍謄本であり、おそらく亡くなった洋介さんは、この段階で戸籍の取得や、亡き妻の雪乃さん名義の相続登記を諦めたのでしょう。
筆者は大輔さんに、読みとれる実情と推察した内容を伝えました。
亡き兄である洋介さんのマンションを大輔さんの名義にするには、洋介さんのきょうだいだけでなく、洋介さんの亡き妻・雪乃さんの半血のきょうだいも調べたうえで協力を得ないとなりません。そしてこの作業は、自分で行うには相当困難であり、専門職に頼めば相応の費用が発生します。解決するには、前途多難な道のりを歩まねばなりません。
打ち合わせの席で、筆者がその旨を説明したところ、鈴木さんから驚くべき言葉が発せられました。
想像の斜め上を行く、衝撃発言
「先生、私、このマンションに住んでいいですか?」
想像の斜め上を行く、衝撃発言です。実は大輔さんは独身で、経済的にも厳しい状況にありました。そのため、現在の賃貸アパートを解約し、とりあえず雨風をしのぐ場所として、兄が亡くなったマンションに住みたいというのです。
事情を聞けば「兄のマンションに住みたい」という思いは理解できます。しかし、マンションは亡き兄夫婦それぞれの相続人の共有財産です。たしかに大輔さんの兄夫婦の家ではありますが、登記簿上は他人名義の家に住むことになります。
どのような法的な権限のもとに「住む」ことができるのか?
もし法的にNGだったとして、だれか異論を唱えるのか?
管理組合は許可するのか、管理費や修繕積立金を支払っていれば文句はないのか?
固定資産税は誰が払う?
納税さえしていれば、役所はなにもいってこないのだろうか?
そんな疑問が頭を駆け巡ります。
しかし、明確なのは、兄嫁が亡くなったときと、兄が亡くなったときの「2回起きている相続の問題」を解決しない限り、売却処分もできず、担保提供もできないということです。このような不動産に財産的な価値はほとんどありません。
また、3ヵ月の相続放棄の申述期限が切れてしまうと、あとから相続放棄をすることもできません。
「当然リスクがあると思いますが、本当にそれで大丈夫なんですかね…?」
筆者のほうがこんな疑問を投げかけてしまい、正直、法的に明快な回答はできませんでした。
しかし、士業は依頼を受けなければなにも動けません。もうひとりの相談者である姉の千恵さんも「面倒ごとに関わりたくない」とのことだったので、この件は相談だけで終了となりました。
かくして、相談者の大輔さんは、兄が孤独死したマンションに住むことになったのです。
しかし5年後、事態はさらに驚くべき展開を見せることになりました。
*本件は個人情報保護のため、内容は一部改変を加えております。
近藤 崇
司法書士法人近藤事務所 代表司法書士
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