「老後の不安を打ち消すように、家を買いました」
「このまま東京近郊で老後を迎えていたら、たぶん心配ごとばかりだったと思います」
そう語るのは、65歳の川口篤さん(仮名)。都内のIT企業を定年退職し、妻・由美子さん(同)とともに、長野県の山あいに中古住宅を購入して移住しました。駅からはバスで30分、築28年の平屋一軒家。土地込みで価格は980万円。都内のワンルーム並の価格でした。
「老後資金は2,000万円ほどありますが、正直、都内の賃貸で暮らし続けるのは不安でした。家賃がかからないだけで心の余裕がまったく違います」
地方移住を選んだ背景には、住居費の圧縮と自然環境の魅力だけでなく、「資産の見える化」という心理的な安心もあったといいます。
しかし、理想の暮らしを手に入れるためには、大きな“交換条件”がありました。
1. 人間関係
「仲良しだったご近所の友達とは、どうしても距離ができました。気軽にお茶…とはいかなくなりましたね」(由美子さん)
移住によって、長年の友人や町内会、趣味の集まりなど、多くの“気軽な人間関係”が失われました。新天地で一から人間関係を築くのは、思った以上に時間がかかるといいます。
2. 利便性
「最寄りのスーパーまで車で20分。バスは1日3本。病院は予約制で、内科でも1週間待ち。正直、こんなに不便だとは思っていませんでした」(篤さん)
地方移住のハードルとしてよく挙げられるのが、「医療」「買い物」「交通機関」など都市部では当たり前だった利便性の喪失です。高齢になるほど移動が大きな負担となり、将来的には車の運転をやめざるを得ない日も来ると考えています。
3. 自由
「庭の草むしり、雪かき、地域の集まり…“自由な老後”のはずが、意外とやることは多いです」(由美子さん)
一軒家を持つことで、自主管理の手間が増えました。さらに、移住先では「よそ者」として扱われがちで、自治会の当番なども積極的に引き受ける必要があります。「自由」と思いきや、むしろ“役割のある暮らし”が求められる場面も多いのです。
