“老衰”という知らせと、ぽつんと残された団地の部屋
「母が亡くなったと連絡を受けたとき、正直、ようやく解放されたのかもしれないって思ってしまったんです。本人も、もう限界だったのかもしれないって…」
そう語るのは、都内在住の会社員・綾子さん(仮名・48歳)。実家を出てから20年以上、80歳の母は郊外の市営団地で独り暮らしをしていました。
亡くなった理由は「老衰」。病院に運ばれた際には既に意識がなく、まもなく息を引き取ったといいます。
「電話も少なかったし、ここ1年はほとんど会えていませんでした。生活に困っている様子もなかったから、年金で何とかやっているんだろうと、勝手に思い込んでいました」
しかし、葬儀を終えて団地を訪れた綾子さんは、思いがけない“母の暮らしぶり”と向き合うことになります。
「部屋の中は、いかにも“節約”って感じでした。エアコンは壊れたまま、石油ストーブも埃をかぶっていた。食器棚には賞味期限切れのレトルトが並んでいて、冷蔵庫の中もほぼ空でした」
そんななか、綾子さんが押入れの奥で見つけたのが、新聞紙に丁寧に包まれた1通の茶封筒でした。
「なんだろうと思って開けてみたら、中から数枚のお札と、細かく折りたたまれた紙が出てきたんです」
それは「使うな」とマジックで書かれた1万円札が5枚と、「最後の頼み」と記された走り書きのメモ。
「万が一のとき、綾子に迷惑かけないように」「このお金、できるだけ増やそうとしたけど無理だった」「ごめんね、情けない母で」
淡々とした文面には、母の“プライド”と“諦め”が滲んでいました。
「なんで言ってくれなかったんだろう…」
綾子さんが特にショックだったのは、母の年金額が月額6万円しかなかったこと。自営業者として年金保険料を長年未納のまま過ごし、受給していたのは老齢基礎年金のみだったようです。
「調べたら、生活保護を受けられるレベルだったんですよね。母の暮らしって」
実際、厚生労働省『生活保護制度の概要』によると、高齢単身世帯の最低生活費の基準は地域により異なるものの、月10万円前後が目安となっています。家賃や医療費を含めると、年金月6万円では到底足りない水準です。
しかし、生活保護の申請は本人の意志によるところが大きく、特に「子どもがいる=扶養してもらえるはず」という“扶養照会”の制度が申請の壁となるケースも少なくありません。
「母は“娘に迷惑をかけたくない”ってずっと言っていました。だからそういった制度にも頼らなかったのだと思います」
