米国のスタートアップエコシステムとは
そもそも米国には、スタートアップが生まれ、育っていくエコシステムが出来上がっている。例えば、Aという成功した起業家がいたとしよう。Aは自分の会社を上場させたのち、会社の舵かじ取りは経験豊富なプロ経営者に任せて、自身は一線から退いた。優れたビジネスアイデアを持つ人や、天才プログラマーが経営でも優れた才能を持つとは限らない。上場企業としてさらに事業を成長させるために必要なのは、自身が持つベンチャースピリットやゼロからイチを生み出す能力ではないと彼は分かっているからである。
事業の成功と上場で巨万の富を得たAは、シリコンバレーでは有名人だ。あちこちからスタートアップ関連のイベント登壇などを頼まれる。そこには起業を志す人たちがたくさん集まってきて、Aに成功の秘訣について質問を浴びせ、自身のビジネスモデルを評価してもらおうとする。知人からも、面白いビジネスアイデアを持つ人やスタートアップの紹介を山ほど受ける。そこで彼は思い出すに違いない。自身が会社を立ち上げた当時も、こうやって成功者に会いに行き、アドバイスをもらい、出資してもらった。こうした支援を受けたからこそ、今の自分があるのだ、と。
そんなAのもとに、ある有名大学の学生Bがやって来た。Bは周囲の人たちも一目おく優秀な学生で、「成功者に会いに行ってみるといい」と後押しされてビジネスアイデアをピッチ(短時間で、自分自身やビジネスアイデア、商品、またはサービスを紹介するプレゼンテーション)しに来たのである。
AはBのビジネスアイデアがとても気に入って、エンジェル投資をすることにした。Aはすでに億万長者であり、たとえその投資がゼロになったとしても、痛くもかゆくもない。要するに、Bに投じた資金は完全なリスクマネーということになる。
シリコンバレーの有名人であるAがBにエンジェル投資をしたという噂うわさは瞬く間に広がり、Aが評価したのであれば便乗したいという投資家やベンチャーキャピタルに注目され、Bは順調に資金を調達して、ビジネスを成長させた。米国のベンチャーキャピタルも、人材採用やバックオフィス構築を支援したり、必要なパートナー企業や技術提携先を紹介したり、次の成長段階に入ったときに加えたほうがよい投資家を紹介してくれたりと、適切なハンズオン支援(投資先の経営に関わること)でBのビジネスを強力にサポートした。その結果、Bの企業は急成長してユニコーン化し、ついに上場を果たす。
Aのエンジェル投資は、巨万の富となって返ってきた。Aはすでにこうしたエンジェル投資を何件も手掛けており、そのうちの1件でもこのように成功できればAの富はさらに膨らんでいく。
Aは増えた富を、また別のスタートアップに投じようと考える。起業家としてだけでなく、投資家としてのトラックレコードを実証したAのもとには、一緒に投資したいという仲間とリスクマネーが集まり、その規模は大きく膨らんでいく。完全な独立系ベンチャーキャピタルの誕生だ。Aの目利きに託された莫大な資金にはなんのしがらみもないので、有望と判断されたスタートアップに次々と資金を提供していく。そしてAに投資を受けて成功したBも、この輪に加わる。
このように米国のエンジェル投資家には起業に成功した者が多く、出資を受けたスタートアップはこうしたネットワークを活用し、有利に事業展開を進めていくことができる。また、エンジェル投資家は、投資が成功して得た利益を「あぶく銭」と考える傾向があり、それは本当の意味でのリスクマネーとなる。あぶく銭であれば、ムーンショット(月面着陸並みに難しいが、実現すれば多大な効果を期待できる研究やビジネスモデル)にも投資がしやすく、マネタイズまでに長い時間がかかるスタートアップを強力に支援できる。
米国ではこうしたごく自然な流れで、やるべき人がやるべきことをやっていくことで、スタートアップを成長させる「エコシステム」が回っている。まさに、成功が成功を呼ぶ循環なのだ。そして、このエコシステムを回すにあたって不都合な規制があれば、皆で政府や当局に働きかけて変えようとする。その道の成功者たちが団結してロビイングする効果は抜群で、あっという間に規制は緩和され、さらに好循環を生み出すということもよくみられる。
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