「え?」と固まった朝
「お弁当、作るの今日で最後ね」
2024年のある冬の朝、会社に行く準備をしていた小山隆さん(仮名・42歳)は、キッチンから聞こえてきた妻・真理子さん(仮名・40歳)のひと言に、思わず動きを止めました。
結婚して12年。共働きではあるものの、毎朝5時半に起きて自分と息子の弁当を作ってくれていた真理子さん。大きなケンカをした覚えもなく、家庭は穏やかに見えていた――。それだけに、その宣言はまるで雷のようでした。
「え、どうして?」
とっさに聞き返したものの、「いろいろ思うところがあるの」とだけ言い、真理子さんはそれ以上語ろうとしませんでした。
隆さんはごく平均的なサラリーマン。都内の中小企業に勤め、月収は約35万円。真理子さんもパートとして働いており、家計はそれなりに安定しているように思っていました。
しかし、今思えば“変化の兆し”は確かにあったといいます。
「最近、休日もずっとスマホをいじっていて、会話も減っていたんです。聞けば『別に』『疲れているだけ』と。自分も仕事でいっぱいいっぱいだったので深く考えませんでした」
子どもの進学、親の介護の話、家計の将来……本来であれば夫婦で相談すべきことも、知らぬ間に妻が一人で背負っていたのかもしれない。
「“お弁当づくり”って、単なる家事の話じゃなかったんです。僕への思いやりや、毎日の積み重ねの象徴だったんだなって。失ってから気づいても遅いんですけど」
その後、夫婦は一度本音で話し合う時間を設けました。真理子さんが語ったのは、「母親・妻・パート主婦」としての役割を黙って果たし続けるなかで、限界が来ていたという事実でした。
「あなたが嫌いになったわけじゃない。ただ、私のこと、もう“生活を支える道具”としか見てない気がして……」
実は真理子さん、2年前にパート先でパワハラに遭い、体調を崩していた時期があったといいます。隆さんは「気づかなかった」と言いましたが、それがさらに妻の気持ちを冷めさせていったのです。
