自立した経験がないまま高齢期を迎えたが…
「働かなくても、なんとかなってきたんです。母がいたから」
そう語るのは、都内在住の63歳女性・貴美子さん(仮名)。これまで一度も正社員として働いた経験はなく、ずっと実家で暮らしてきました。20代の頃に短期の事務職に就いた以外は、ほぼ無職。父が他界した後は、パートをしながら母と2人で暮らしていました。
「母が年金を受け取っていたし、父の遺産も少しありました。生活は地味でしたけど、それなりに楽しくやってきたつもりです」
しかし、3年前に母が亡くなったことで生活は一変しました。母の遺族年金は当然のことながら打ち切られ、家計を支える柱は消滅。自身の年金は国民年金のみで月5万円台、母が残した預金も生活費や葬儀代でほとんど消えていったといいます。
貴美子さんは母と住んでいた築50年の一軒家にそのまま住み続けています。しかし、その家は母名義のまま相続登記がされておらず、「自分の家ではない」状態に。
さらに、疎遠だった兄弟から「実家は売却して現金で分けるべきだ」と主張され、相続をめぐるトラブルに発展しました。
「母の面倒はずっと私が見てきたのに、兄たちは“財産は平等に分けろ”と…。私にはもう住むところしか残ってないんです」
このような事例では、遺言書がない場合、法定相続人全員の合意が必要となります。住み続けたいという思いがあっても、名義変更や相続手続きが進まない限り、不動産の処分を巡って争いが起きやすくなるのです。
日本年金機構によると、令和4年度の老齢基礎年金の平均受給額は月約5万6,000円。厚生年金に加入していない自営業や無職の人などは、この基礎年金のみの生活となる場合が多く、月10万円未満で暮らす高齢者は珍しくありません。
「光熱費も食費もギリギリ。スマホ代や医療費が意外とかかる。旅行なんて夢のまた夢です」
一度も自立した経験がないまま高齢期を迎えた貴美子さんにとって、「自分のためにお金を使う」という感覚すら希薄でした。家賃がかからないことに甘えてきた結果、将来への備えがまったくなかったといいます。
