78歳元教員、“たった数時間”の迷子騒動
「すみません、帰る場所が分からなくて…」
東京都内のある交番に、深夜、ふらりと現れたのは78歳の男性・高村正人さん(仮名)でした。小さなリュックを背負い、上着の襟を握るようにして震えていたといいます。
通報もなく、事件性も見られなかったため、警察官が本人から話を聞きつつ、身元や家族を確認。やがて住所と名字から家族の連絡先が判明し、迎えを依頼することになりました。
しかし、電話口で対応したのは娘さん。彼女の返答は、意外なものでした。
「…ええ、父です。でも、ちょっと、すぐには迎えに行けません」
高村さんは、30年以上公立中学校で教鞭をとっていた元教員です。定年後は特に仕事を続けることなく、年金でのんびり暮らすつもりでした。
現在の収入は、厚生年金月18万円ほど。地方の一軒家を売却し、3年前に娘夫婦と同居するため東京に移り住んでいました。
「娘が声をかけてくれて、一緒に住むことになったんです。ありがたい話でしたよ。最初はね」
しかし、生活を共にするうちに、小さなすれ違いが積もっていきました。生活リズムの違い、孫への干渉、光熱費や食費の負担。高村さんは「口うるさい父」として扱われることが増え、次第に居場所を失っていったといいます。
当日、高村さんは近くの公園に散歩に出かけ、道に迷ってしまったとのこと。携帯電話を持たず、小銭しか入っていない財布だけを持っていたため、帰宅も連絡もできなくなり、交番に駆け込んだのでした。
「迎えに来るって言われたけど、なかなか来なくて…。そのうち、警察の方に『中で休んでいていいよ』と言われて…申し訳なくて仕方なかったです」
夜が明ける頃、ようやく娘さんが迎えに来たといいます。しかし、高村さんは複雑な表情でこう漏らしました。
「ありがたいけど…今さら、家に戻る資格なんてないよ」
