「兄より弟」だった父の“価値観”
なぜ信一さんは、長男ではなく次男に全財産を相続させようとしたのでしょうか。
「兄貴は公務員で堅実だけど、親父の仕事は手伝わなかった。弟のほうが俺の役に立ってくれた、っていつも言っていましたね」と、親族のひとりは振り返ります。
昭一さんは家庭を持ち、遠方に住んでいたこともあり、父と関わる時間は限られていたそうです。対して洋介さんは、ビジネス感覚や現場対応の柔軟さから、信一さんの“右腕”的存在として重宝されていたと言います。
今回のように、被相続人が特定の相続人に財産を集中させるケースは珍しくはありません。特に、不動産や事業資産を持つ家庭では「継がせる者に集中して相続させたい」という意図が働くことがあります。
しかし、それが“生前の話し合い”や“家族の理解”を経ずに進められた場合、残された家族の間に深い亀裂が生じることは避けられません。
「相続で家族が壊れるなんて思いもしませんでした。遺産なんていらないから、せめてちゃんと話をしてほしかった」
昭一さんは、そう吐き捨てるように言いました。
今回のケースのように、公正証書遺言があれば、被相続人の意思を明確に伝えることはできます。しかし、その一方で、受け取る側の心情や兄弟間の信頼関係には配慮が必要です。
遺言を作成する際には、相続人間の“感情の落とし所”を見つける工夫も重要です。生前に話し合いを持ち、なぜこの配分にしたのかを伝えておくことで、後々のトラブルを防ぐことにつながります。
遺産は、金額の大小にかかわらず、人間関係の“最終確認”を突きつける場面にもなります。
誰に託すのか。その理由を、誰とどう共有するのか――。相続とは、財産の分配以上に、「家族という関係」をどう締めくくるかが問われる局面なのかもしれません。
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