(※写真はイメージです/PIXTA)

厚生労働省は2025年度、全国加重平均で時給1,100円とする目安を提示した。最低賃金の引き上げが過去最大規模で進もうとしているが、これは生活改善や地域間格差是正につながる一方で、体力の乏しい中小企業に大きな負担を強いることになる。両立の可能性を探る。※本連載は、THE GOLD ONLINE編集部ニュース取材班が担当する。

過去最大の最低賃金引き上げで、地域間格差是正も

最低賃金をめぐる議論が、再び大きな注目を集めている。厚生労働省の中央最低賃金審議会は2025年度の引き上げ目安を示し、全国加重平均で時給1,100円という数字を打ち出した。現在の全国平均は1,004円であり、約100円の上昇幅となる。これは過去最大規模の改定幅で、政府が掲げる「賃上げを成長戦略の柱とする」という姿勢が色濃く反映されたものだ。

 

当然だが、賃金の引き上げは就労者の生活改善に直結し、時給ベースで働くパートやアルバイトなどの非正規労働者への影響は大きい。また厚労省の統計によれば、地方ほど最低賃金で働く人の割合は高く、今回の引き上げは地域間格差の是正という側面もある。

中小企業の経営を圧迫する人件費

もっとも、この政策は一面的に評価できない。人件費の増加が企業経営を圧迫することは避けられず、とりわけ体力の限られた中小企業には重荷だ。中小企業庁の基礎データによれば、日本の企業の99.7%が中小企業で、就業者の約7割はそこに働く。日本経済を支える屋台骨ではあるが、多くは利益率が低く、価格転嫁力も弱い。飲食業や小売業では人件費がコスト全体の3割近くを占める場合もあり、最低賃金の引き上げは経営に直撃する。

 

ちなみにお隣の韓国では、2018年以降、最低賃金が急激に引き上げられた結果、従業員を抱える自営業者が減少して1人で事業を回すケースが増え、社会問題化した。日本が同じ道をたどるとは限らないが、構造的な課題が共通する以上、同様のリスクを無視することはできないだろう。

時給アップで就労時間を抑制…日本特有の「年収の壁」のジレンマ

さらに、日本特有の問題として「年収の壁」がある。パートや短時間労働者が、社会保険料負担の発生を避けるために労働時間を意図的に調整する現象だ。時給が上がると、その壁に早く到達することから、結果的に労働時間を短縮する人が出る。企業にとっては「時給を上げたのに働く時間は減る」という逆説的な事態に直面しかねない。

 

こうした課題について、日本総合研究所客員研究員の山田久氏は次のように指摘する。

 

「生活必需品価格の高騰を踏まえれば、1,100円という数字は労働者の生活を守るために必要です。欧州諸国に比べればまだ低い水準であり、引き上げは通過点に過ぎません。一方で、中小企業では最低賃金ギリギリで働く労働者の割合が2割を超え、特に地方では経営的に厳しさを増しています。しかし、賃金を上げなければ人が集まらないというジレンマにあるのです」

 

そのうえで山田氏は、対策として「地域ぐるみでの生産性向上」を強調する。

 

「個別企業では生産性向上が難しい場合もあります。地域の産業ごとにグループで取り組むことで、ブランド力強化やデジタル導入、人材育成を進めるべきです。最低賃金を引き上げた分だけ補助金を与えるといった単純なやり方ではなく、地域全体で底上げを図ることが重要です」

人材確保に直結する可能性…「特定最低賃金」の積極活用を

実際、山田氏は最低賃金政策の突破口として「特定最低賃金(特定最賃)」の積極活用を提唱している。特定最賃とは、産業や職種ごとに地域別最賃よりも高い基準を設定する仕組みであり、人材確保に直結する。介護などエッセンシャルワーカー分野で導入が進めば、賃金底上げと産業基盤維持を同時に実現できる可能性がある。

 

石破内閣は、全国加重平均1,500円の目標達成時期を「2020年代中」に前倒しした。これを実現するには、今後数年間で年7%超の引き上げを続ける必要がある。しかし、トランプ関税など外部要因による景気下振れリスクもあり、山田氏は「少なくとも当面の引き上げ幅は抑え目にして、特定最賃を実効ベースの目標として活用すべき」と指摘している。

労働者保護と企業経営の両立

最低賃金引き上げは、日本経済にとって大きな転換点である。労働者保護と企業経営の持続性、この二つのバランスをどう取るか。山田氏のいう「地域ぐるみの生産性向上」や「特定最賃の活用」は、その解の1つとなりうるかもしれない。

 

今後、中小企業の現場がどのように動くかが、日本全体の成長軌道を左右することになりそうだ。

 

 

THE GOLD ONLINE編集部ニュース取材班

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